ヴォラピュクというのはザメンホフのエスペラント語より前に作られた世界語(人工言語)で、その文法書の日本語訳初版は、これまで『世界語文典和訳』(フランス人ケルクホフス原著、オランダ人ワンデルヘイデン和訳、明治21年10月出版)とされてきました。しかし、今回出品する書物は、それ以前の明治21年1月に出版された未発見の刊本です。この書物の「緒言」(画像4、5)によると、ドイツのシュライヤーが発明した世界語ヴォラピュクの文法をオランダのワンデルヘイデンが和訳したとされていますが、その後に出版された『世界語文典和訳』の「緒言』によれば、これはフランスのケルクホフスが編纂した本をワンデルヘイデンが和訳したことになっていて、前者(明治21年1月鈴木光次郎発行の独語和訳シュライヤー版)と後者(明治21年10月松下包次郎発行の仏語和訳ワンデルヘイデン版)とでは、書誌学的に見て同系統の刊本とは見做しがたいのです。その後、ヴォラピュク考案者のシュライヤー(保守派)とヴォラピュク改良者のケルクホフス(革新派)との間で衝突が起き、両者の言語がそれぞれ別の道をたどったことを考えると、出品のプレオリジナル版『世界語文典和訳』の言語学的興味は尽きません。文字通りunique au monde(天下一本)であるこの小冊子の発見は、近代言語学史上、一つの画期的な事件となるかも知れません。