*** 商品詳細 ***
☆・《坪田 譲治》 著作:書籍4冊
☆・①・『子供の四季』
・著者:坪田 譲治・発行:昭和13年・重版
・1938年10月・523頁・\:2円20銭・約:B6判
・本の状態:本は経年の函汚れ傷み大
・表紙・背文字部分傷み・汚れ傷み
・小口・本文に色変わり・汚れシワ有り
・本文に書込み少々あり
・発行:新潮社
☆・②・『日本むかしばなし』・新百選
・著者:坪田 譲治
・1972年・390頁・\1,000:円・約:A5判
・本の状態:函汚れ染み・表紙クロス装・本文は普通
・発行:㈱・新潮社
・名著復刻 日本児童文学館27
・著者:坪田 譲治・旧版:1935年発行
・1974年・214頁・\:?円・約:17.5X19.5cm判
・本の状態:二重函汚れ少々・中函は普通
・表紙・本文は美本
・発行:健文社
☆・④・『坪田 譲治集』
・名著復刻 日本児童文学館第二集
・著者:坪田 譲治・旧版:1939年発行
・1974年・247頁・\?:円・約:20X27cm判
・本の状態:函汚れあり・表紙・本文は普通
・発行:湯川弘文社
同じ児童文学作家、児童文学研究者である
坪田理基男は三男。
父・平太郎はランプ芯などを製造する島田製織所を経営していたが、1898年(明治31年)
譲治が8歳の時に死去した[2]。大学生だった兄が家業を継ぐものの、以後会社の内紛が続く。 のちに譲治も経営に参加する。(これは、後の小説に反映されることになる。)
1909年(明治42年)3月に大学を退学し兄の経営する牧場で働くが、8月に復学する。
翌年9月、早稲田大学英文科に進学するが、
徴兵検査延期願の提出を忘れたため11月に退学し、
岡山
第十七師団に入営する
[2]。1912年(明治45年)1月に早稲田大学英文科に復学するが、
9月に肺尖カタルのために
茅ヶ崎の病院に入院し、翌年8月に退院して大学に戻る。
1915年(大正4年)に早稲田大学英文科を卒業した。翌年には結婚し長男が誕生する。
1919年(大正8年)4月、岡山に帰郷し島田製織所で働きはじめ、翌年には大阪支店に異動する。
1923年(大正12年)4月で島田製織所を辞めて上京する。
翌年処女短編集『正太の馬』を出版した。また雑誌『
赤い鳥』に童話を投稿したりするが、
1936年9月5日から11月6日まで
東京朝日新聞夕刊の新聞小説として連載され、
12月刊行した『
風の中の子供』が、幅広い年代層の支持を得て一躍人気作家となる。
後年は自らも早大童話会に続いて童話雑誌「
びわの実学校」を主宰した。
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