【光学接着剤白濁の補修について】
・一度貼り合わせレンズを剥離して付着していた接着剤をきれいに除去しました。
・レンズの再貼り合わせは紫外線硬化型光学接着剤(Norland 光学接着剤 NOA61)で行いました。この接着剤はNorland Products社の数ある光学接着剤の中でもアクロマチックレンズやプリズムの貼り付けなどに適した特性をもつものです、
・最も難易度が高いのは貼り合わせ時に2枚のレンズの中心を正確合わせること(心出し)です。職人の方は指先の感覚でできるそうですが、私のような素人には簡単にはできません。そこで、今回出品した個体の場合は,光学接着剤を硬化させる前にテストチャートで周囲のぼけによるにじみの量がすべての方向で均一になるまで調整を繰り返し、十分に均一になったことを確認した時点で紫外線を照射して接着剤を硬化させました。
・2枚のレンズの心出しの状態は以下の方法で確認しました。出品した個体は、下記(3)で説明している11.jpgで確認すると、ごくわずかに左側にボケが多めに見えていますが、星像検査の結果から実写結果に影響をおよぼるレベルではないと思います。
(1)星空を撮影した画像の四隅付近にある星像を比較することで心出しが正確に行われていることを確認。
※商品写真中にある星像による点検画像でご確認ください。 (前述の実写例を置いたリンク先にある高解像度画像を強拡大して比較することもできます)
(2)絞り開放で撮影した画像でピントを合わせた部分がシャープに描写されているかを確認。
※貼り合わせの精度が悪いとピントのピークが見つからない状態になります。
(3)SONY α7RⅡでファインダーを12.5倍の拡大表示にして、自作したテストチャートを絞り開放でごくわずかだけピントを前後にずらし、ピンぼけ部分の広がりに偏りがないかを確認。前述のリンク先にある11.jpgがその確認用画像です。 ・再貼り合わせに使用した接着剤は通販サイト等で見かける紫外線硬化型接着剤ではなく,レンズやプリズムなどの貼り合わせの用途専用に製造された紫外線硬化型光学接着剤です。光学接着剤は屈折率が適切に調整されていて白濁が起きにくい性質のものです。
※過去に入手したオールドレンズで、バルサム切れ補修の形跡を確認できたものが2点ありました。これらの2点はいずれも心出しの精度が不十分で絞り開放時に中心部でも像が流れる症状があり実用不能の状態でした。
前述のリンク先にある12.jpgがそのうちの1つSuper-Takumar 50㎜ F1.4 前期型の様子です。また、別の1点はバルサムではなく接着剤で再貼り合わせを行っていましたが、広い面積で白濁が生じていました。製造後何年も経過して白濁が生じたため、一度そのレンズを剥離してクリーニング後に再張り合わせをしたものと思われます。その後に再度短期間で白濁を生じていることになりますので、おそらく光学接着剤ではない一般用途の紫外線硬化型接着剤を使用したものと思われます。 ※バルサム切れの補修が行われたレンズを入手する場合、心出しの精度や接着剤の種類が説明されていないものはリスクが大きく、出品者に事前確認しておいた方が無難だと思います。私のように高額で入手したレンズが絞り開放でピントが合わない、画面の片方で像が流れるなどの症状があると大きなショックを受けます。その経験から貼り合わせレンズの補修をする際には細心の注意を払い、心出しの精度を確認するための実写例と点検画像を参照できるようにしています。
レンズメーカーで行われている貼り合わせレンズの心出しについて紹介しているwebページがありますので紹介しておきます。
【私が行っている心出しの方法】
私にはこのwebページで紹介されているような装置がないため、リアルタイムで2枚のレンズの中心を確認しながら調整することはできません。そこで、以下の手順で心出し調整を行っています。
(1)2枚のレンズの間に光学接着剤を滴下して貼り合わせた後、接着剤が硬化していない状態でレンズセル内に戻して固定しする。
(2)テストチャートで心出しの状態(ずれている方向と量)を確認
(3)レンズセルの締め付けリングを緩め、貼り合わせレンズのずれを戻す方向に力を加え再び締め付けリングで固定する。
(4)(2)と(3)の作業を繰り返す。
(5)メーカー出荷時の状態を保っている個体と同等のレベルまで心出し調整を追い込んだところで紫外線を照射する。
以上の手順で作業を行うと運が良い時は数回でピッタリ合うこともありますが、そうでないときは10回以上繰り返し、そのうちに接着剤の硬化が始まるため、再剥離して接着剤を除去して最初からやり直しになることも時々あります。以前、レンズの側面を3方向からスコヤで押さえ込む治具を作成して、レンズの外周部をそろえる方法も試しましたが、1回では満足できる結果が得られず、何度も剥離と再貼り合わせを繰り返せざるを得なく手間と時間がかかりすぎるため、現在の方法に行き着いています。
出品中の個体の貼り合わせレンズに使用した光学接着剤NOA63ともう1種類同様の目的で使用されるNOA61の特性にかかわる情報をまとめたPDFファイルを、以下のリンク先に置きましたのでご興味をお持ちの方はご覧ください。
【カメラレンズの星像検査について】
カメラレンズの星像検査は最新のレンズが発売された時などに天文雑誌でよく取り上げられています。星像検査は通常の写真撮影では気づかない欠点も発見できる敏感な検査方法だと思います。無限遠コリメーターは中心の人工星により光軸上の1点だけをとらえて無限遠を確認するために使用されますが、星像検査ではフルサイズの画面全体で完全な点光源がどのように結像するかを確認することができるため、光軸のずれやレンズの組み立て不良には特に敏感です。
この検査は晴れた日の夜に自動追尾が可能な赤道儀にカメラを同架しして行う必要があるため、毎回行うことは困難です。しかし、今回は撮影の機会あったため行うことができました。その検査結果は商品写真にも入れましたが前述のリンク先にある高解像度画像をダウンロードするとより詳細に確認できます。出品個体はテストチャートで確認しながら心出し調整を行いましたが、その方法で星像検査に耐える精度が出せることがわかります。 バルサム切れの補修方法を試行錯誤している段階でも星像検査を行ったことがありますが、そのころは何回再貼り合わせを行っても現在のような結果を出すことはできず、画面のどこかで星像が線状に伸びていました。その時は現在のようにテストチャートによる貼り合わせ前の心出し調整を行うことはなく、2枚のレンズの外周部を可能な限りそろえることしか考えていませんでしたが、これまでの試行錯誤の結果から、レンズの外周部を完全にそろえたとしても完全な心出しはできないのだと感じます。