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昭和37年 モノクロ 日英併記 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
はじめに 京都の名園を考えて見ると,その大部分が禅宗寺院にあること, 特に臨済寺院に多いことである。 賞には見のがすことの出来ないものである。 そのほか大徳寺や妙心寺の塔頭には一般に公開されない 中でも西芳寺, 天竜寺, 大仙院, 竜安寺, 金閣, 銀閣など, 京都観光に欠かせない処であり, 名園観 処もあるが、じつに多くの名園が数えられる。 う。しかし、筆者は宗教家でもなく、 また仏教の研究者でもない。 したがって禅宗の伝来や歴史, 或 禅宗寺院になぜこうした名園が多いのか。 この疑問に対しては当然禅の研究を必要とするのであろ はその要旨を説くのは,いわゆる毛を吹いてをもとめるたぐいであるかもしれない。 近年にわかに禅ブームという言葉があらわれた。 しかもそれは欧米諸国におこって,わが国に逆輸 海外諸国の日本研究の一面で, 庭園ブームもそれであった。 このことは単に日本に対する異国趣味と 入されたものだという。 しかし, こういう現象は敗戦後の日本のあらゆる面に見られるもので,結局 好奇だけではなく,その根ざすところがどの程度であるにしても, 日本の伝統に対する興味と再認 端とも見られる。 そしてそれは欧米だけではなく国内での一つの傾向でもある。 宗教や信仰の稀薄に 識であることは言うまでもない。 同時に世界の科学文化の異常な発達に対応する精神文化の探究の一 なった一方,この混乱した現代生活の中に, われわれは忘れていた人間精神を見詰めようとする。こ こに禅の具現としての座禅に参する者がにわかに多くなったと伝えられる。わたくしも今度”禅の庭 をテーマにするにあたって, 参禅を志ざし, 知己の禅僧に聴聞することを考えた。が、それは徒労で はないが,付け焼刃たることを免かれないことを自覚し,あくまで一庭園の観賞者として, 淡々たる 態度, 心境をもってのぞむべきであると反省したのである。 禅は自然観を尊重するという。また禅院の庭は禅僧の生活, 修業のすべてを打ちこんだ禅文化のあ らわれであるという。そしてわが国に禅宗が伝来すると共に, 禅院の中に庭がいとなまれ, それが現 代にまで引き継がれた。 その庭園こそ今日の禅宗寺院において,もっとも禅宗らしいものであること を,わたくしたちは凝視し痛感する。 禅の精神そして禅の文化。その端的なあらわれであるところの 庭園に, わたくしたちは無心に接し, その美と真に触れ、心を脳を洗いたいと思う。 R
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