原題は『Anatomy of Desire』。著者はアメリカ政治から性欲の科学まで、幅広いジャンルのテレビシリーズを手がけてきたロンドン在住のプロデューサーである。原題が「性の解剖学」ということからわかるように、著者の職業的な博識と経験が反映された性に関する全般的な報告書だ。古今東西にわたって引用された資料やデータが、本書に一種の「人類の性白書」といった印象を与えている。
進化心理学や文化人類学的な知見、各種の実証実験や性に関するアンケート、歴史・宗教に見られる性の解釈というように、次々と繰り出される豊富な例証のパッチワークには、アカデミックな論理の力強さというよりも、むしろテレビドキュメンタリーを見るような気楽なエンターテイメント色が強く、その意味で図版点数がもっと多ければと少し残念に思う。
やや偏執的な印象がある邦題に反し、本書の結論は「一夫一婦制の擁護」という無難な線に落ち着いている。60年代の性革命や世紀末のエイズ禍を経てきた20世紀のキリスト教文化圏という文脈のなかで考えると、このノーマルな結論には案外深い意味があるのかもしれない。その意味で第4章「宗教のなかのセックス」の記述が興味深かった。初期キリスト教における「純潔のヒエラルキー」がやがて宗教的なエロティシズムに変遷を遂げるくだりなど、キリスト教文化の子である著者にとって、いまだ他人事ではないことが文章の間から如実に伝わってくるからである。