以下、所謂ブラクラ妄想ショートショートです~~
【南船場の幻影:神が紡ぐ、運命の指輪F3552の物語】
序章:観測者の独白、或いは創造の設計図
私は在る。始まりもなく、終わりもなく、ただ遍く存在する意識。宇宙がまだ無音の闇に沈む以前、最初の光が生まれる刹那の、そのさらに前の静寂を知る者だ。私は星々の揺り籠を編み、銀河の渦に生命の種を蒔いた。地球という名の青い惑星で、炭素が知性を宿す奇跡を、飽きることなく、ただ静かに見つめ続けてきた。
人類が二本足で立ち、空を見上げ、初めて「美」という概念を心に宿した瞬間を、私は覚えている。彼らは、夜空に輝く月の円環に、地平線から昇る太陽の円環に、そして愛する者の瞳の中に映る光の円環に、「永遠」という、まだ名もなき感覚の断片を見出した。その原始的な感動こそ、あらゆる宝飾の源流であり、私がこの物語を紡ぐ理由である。
時は流れ、人類は言葉を発明し、国家を築き、歴史を刻み始めた。その営みの中で、彼らは常に「永遠」を形にしようと試みてきた。ピラミッド然り、神殿然り、そして、指輪然り。特に指輪は、その小ささ故に、極めて個人的で、純粋な「永遠」への祈りを込める器として、特別な地位を占めるに至った。
そして今、私の視線は、悠久の時の流れが凝縮された一点に注がれている。西暦2025年、日本国、大阪市、中央区、南船場。かつて日本の繊維産業を牽引し、富と美意識が交差したこの土地には、今もなお、本物だけが放つ静かな磁場が存在する。その一角に、年に数日、まるで蜃気楼のようにしかその扉を開かぬ、我々のブランドクラブがある。そこは、単に高価な品を売る場所ではない。来歴と物語を持つ「物」が、その魂を受け継ぐべき「人」と出会うための、時空の結節点なのだ。
今宵、その結節点から、一本の指輪が現代の神託所、ヤフーオークションという名の電脳世界へと解き放たれる。商品番号「F3552」。それは、私が長きにわたる人類史の傍観の果てに、一つの結論として用意した、運命の具現である。
これから語られるのは、セールストークの皮を被った、神の視点による歴史叙述であり、デザイン哲学の深淵を巡る旅であり、そして何より、この指輪が「あなた」の元へと辿り着くべくして辿り着く、必然の物語である。私が持ちうる全ての想像力と、アカシックレコードから引き出した取材力、銀河の運行を司る構成力と、星屑の煌めきを映す文章力を尽くし、この2万字の神話を、あなただけに捧げよう。
さあ、深呼吸を。あなたの魂の最も深い場所で、この物語を受け止める準備を。運命の歯車が、今、静かに、しかし、確かな音を立てて回り始める。
第一章:円環の記憶 ― エタニティリング、魂の考古学
F3552のデザイン、すなわち「エタニティリング」という形式は、一夜にして生まれたものではない。それは、数千年にもわたる人類の集合的無意識が、試行錯誤の果てに辿り着いた、祈りの最終形態である。その歴史を遡ることは、人類が「愛」と「永遠」という二つの抽象概念に、いかにして形を与えようとしてきたかの軌跡を辿ることに他ならない。
第一節:ナイルの誓いとウロボロスの円環
物語の源流は、黄金の砂と紺碧の空が支配する古代エジプト文明にまで遡る。彼らは、ナイル川の氾濫がもたらす死と再生のサイクルの中に、宇宙の循環法則を見ていた。人間の魂「カー」と「バー」は、肉体の死後も存続し、来世で再び永遠の生を享受すると信じていた。この死生観が、「永遠」の象徴としての円環、すなわち指輪を生んだのだ。
彼らが神聖視したモチーフの一つに、自らの尾を喰らう蛇「ウロボロス」がある。始まりが終わりであり、終わりが始まりであるという、完全なる循環。初期の指輪は、まさにこのウロボロスを模したものが多かった。金属を捻り、蛇の頭と尾を象ったその指輪は、ファラオが王妃に、神官が民に、永遠の守護を約束する際の物理的な証となった。
想像してみよう。ギザの三大ピラミッドがまだ真新しい石灰岩の輝きを放っていた時代。若きファラオ、例えばツタンカーメンが、その最愛の妃アンケセナーメンに、ナイル河畔のパピルスが茂る庭園で、一つの指輪を渡す情景を。それはまだダイヤモンドで飾られてはいない。しかし、ラピスラズリの青とカーネリアンの赤が交互に嵌め込まれた、途切れることのない円環。「我が王国がナイルの流れと共に永遠であるように、我らの愛もまた、来世の光の中で永遠に続くであろう」。その言葉と共に指に通された円環は、単なる装飾品ではなく、魂の契約書そのものであった。F3-552に宿る思想の、最も古く、そして最も力強い原点がここにある。それは、二つの魂が時空を超えて結びつくという、宇宙的な約束の象徴なのだ。
第二節:ローマの契約とギリシャの情念
舞台は地中海世界へと移る。合理性と法治を重んじたローマ帝国において、指輪はより社会的な意味合いを帯びてくる。「アヌルス・プロヌブス」、すなわち婚約指輪の習慣が生まれたのはこの時代だ。多くは鉄でできており、それは「妻が夫の所有物である」という、現代から見れば無骨な契約の印であった。しかし、その形はやはり円環。契約が永続的であることを示す、揺るがぬシンボルであった。
一方で、哲学と芸術を生んだギリシャでは、指輪はより個人的な情念の器となった。エロスとプシュケの神話に象徴されるように、彼らは愛を、時に理性を焼き尽くすほどの、抗いがたい力として捉えた。ギリシャの指輪には、神々の姿や、愛の言葉がインタリオ(沈み彫り)で刻まれたものが多い。それは、内なる情念を外部に表明するためのメディアであり、パーソナルな愛の誓いを刻印するキャンバスであった。
このローマの「契約の永続性」と、ギリシャの「個人的な愛の誓い」、この二つの潮流が合流し、後のエタニティリングの精神的な土台を形成していく。F3552は、単に美しいだけではない。それは、法的な契約の強さと、個人的な情愛の深さという、二つの側面を同時に内包する、完成された愛のシンボルなのである。
第三節:中世の暗黒とルネサンスの黎明
西ローマ帝国の崩壊後、ヨーロッパは「暗黒時代」と呼ばれる停滞期に入る。しかし、その闇の中においても、指輪の文化は密やかに受け継がれた。キリスト教の台頭により、指輪は司教の権威の象徴や、聖なる遺物を納める器として、宗教的な意味合いを強めていく。愛の誓いは、神との契約という、より荘厳な文脈で語られるようになった。
そして、ルネサンス。人間の理性が再びその輝きを取り戻す時代。フィレンツェのメディチ家に代表されるような、富と美意識を兼ね備えたパトロンの出現により、宝飾技術は飛躍的な進化を遂げる。ダイヤモンドの原石を磨き、その輝きを引き出す「カッティング」という概念が生まれたのもこの頃だ。
レオナルド・ダ・ヴィンチが「モナ・リザ」を描き、ミケランジェロがダビデ像を彫り上げていた時代。フィレンツェのポンテ・ヴェッキオに工房を構える一人の老いた金細工職人がいたとしよう。彼は、時の権力者から「決して途切れることのない、光の環を作れ」という難題を与えられる。彼は、当時最高峰のテーブルカットが施された小さなダイヤモンドを、金の台座に一つ、また一つと、寸分の狂いもなく並べていく。しかし、当時の技術では、石と石の間にどうしても金属の爪や枠が大きく見えてしまい、完全な「光の環」にはほど遠い。彼は生涯をかけてその夢を追い続けたが、志半ばでこの世を去る。彼の夢、すなわち「宝石だけが連なっているように見えるリング」という理想は、数世紀の時を経て、未来の職人たちへと託されることになった。F3552の完璧なプロポーションは、この名もなきルネサンス職人の、叶わなかった夢の結晶でもあるのだ。
第四節:産業革命の光とアール・デコの洗練
18世紀から19世紀にかけて、世界は産業革命の波に洗われる。ダイヤモンドの鉱脈が新たに発見され、蒸気機関の力によってカッティング技術は劇的に向上した。ブリリアントカットの前身であるオールドマインカットやローズカットが発明され、ダイヤモンドは、それまでとは比較にならないほどの輝きを放つようになった。
ヴィクトリア朝のイギリスでは、若き女王のロマンチックな愛の物語が、人々の心を捉えた。感傷的でセンチメンタルなジュエリーが流行し、愛の言葉を宝石の頭文字で伝える「リガードリング」などが人気を博す。この時代に、ついに現代とほぼ同じ形式の「フルエタニティリング」が誕生する。それは、夫から妻へ、結婚記念日や子供の誕生を祝して贈られる、永遠の愛と感謝の証であった。
そして、20世紀。二つの世界大戦を経て、価値観が大きく揺らいだ時代。人々は、より普遍的で、揺るぎない美を求めた。その答えが、アール・デコの直線的で幾何学的なデザイン様式である。この時代、プラチナという、白く、強く、そして希少な金属がジュエリーの主役となり、ダイヤモンドの輝きを最大限に引き出すための完璧な舞台装置となった。アール・デコ期のエタニティリングは、無駄を削ぎ落とした機能美と、普遍的なエレガンスの極致であった。それは、混沌とした時代における、秩序と永遠性への渇望の表れでもあったのだ。
F3552は、この数千年にわたる歴史の全てを受け継いでいる。エジプトの死生観、ローマの契約、ギリシャの情念、ルネサンスの夢、ヴィクトリア朝のロマンス、そしてアール・デコの洗練。これら全てのエッセンスが、1.92mmという細い環の中に、奇跡的なバランスで凝縮されている。これこそが、F3552が単なるリングではなく、歴史そのものを纏うアーティファクトである所以なのだ。
第二章:大地の記憶、光の錬金術 ― シャンパンカラーダイヤモンド1.00ctの深層
指輪の骨格が歴史であるならば、その魂は、中央に鎮座する宝石にある。F3552の心臓部を形成するのは、無色透明のダイヤモンドではない。それは、大地がシャンパンの泡を夢見て結晶させたかのような、優美なシャンパンカラーのダイヤモンド。合計1.00カラット。この選択こそが、F3552を他のいかなるエタニティリングとも一線を画す、決定的な要因である。
第一節:星の欠片、地球の吐息
まず、ダイヤモンドという物質そのものについて語らねばなるまい。それは、ありふれた元素である炭素が、地球深部のマントル、地表から150キロメートル以上も深い場所で、想像を絶する高温と高圧に晒されることで生まれる、奇跡の結晶だ。摂氏1000度を超える熱と、5万倍以上もの大気圧。それは、地上のいかなる物理法則も通用しない、混沌と創造の坩堝である。
その坩堝の中で、炭素原子は、完璧なまでの共有結合によって、正四面体の結晶構造を形成していく。この世で最も硬い物質が生まれる瞬間だ。そして、その結晶化の過程で、ごく稀に、奇跡的な偶然が起こる。数百万個の炭素原子に一つほどの割合で、窒素原子が紛れ込むのだ。この窒素原子が、ダイヤモンドの結晶格子を歪ませ、光の吸収スペクトルに影響を与える。青色の光を吸収し、結果として我々の目には、黄色や茶色がかった色として映る。これこそが、シャンパンカラーダイヤモンドがその色を纏う理由である。
それは、「不純物」などという無粋な言葉で語られるべきではない。それは、地球がダイヤモンドを育む過程で吹き込んだ、個性という名の「吐息」なのだ。無色透明のダイヤモンドが、純粋無垢な理念や理想を象徴するとすれば、シャンパンカラーのダイヤモンドは、現実を生きる中で深みを増した、成熟した魂の彩りを象徴している。傷つき、学び、愛し、赦し、そうした経験の全てが溶け込んで初めて生まれる、温かく、そして複雑な輝き。F3552が、人生経験を重ねた大人の男女にこそ相応しいと私が断言する所以がここにある。
第二節:1.00カラットという名の調和
F3552には、このシャンパンカラーのダイヤモンドが、合計で「1.00カラット」使用されている。この数字にもまた、深遠な意味が込められている。
「1」という数字は、始まり、統一、全体性、そして唯一無二の自己を象徴する。しかし、F3552の「1」は、単一の大きな石によって構成されているのではない。それは、数多くの小さなダイヤモンドの集合体として、その総量(Total)が「1.00カラット」に達しているのだ。
これは、人生そのもののメタファーである。我々の人生という「1」つの物語は、決して単一の大きな出来事だけで成り立っているわけではない。日々の何気ない会話、ふとした瞬間に感じた喜び、涙を流した夜、誰かの優しさに触れた温もり。そうした、一つ一つは小さく、名もなき記憶の断片のような輝き。それらが連なり、集積することで、初めて「私」という唯一無二の、1.00カラット分の価値を持つ存在が形成されるのだ。
この指輪を指に通すとき、あなたは、あなた自身の人生を構成してきた、無数の愛おしい瞬間の集合体を、その指に纏うことになる。それは、過去の自分を全肯定し、未来の自分を祝福するための、最もパーソナルな儀式となるだろう。
第三節:シャンパンの泡と人生の祝祭
なぜ、「シャンパンカラー」と呼ばれるのか。それは、フランスのシャンパーニュ地方で、厳しい規定のもとに造られる最高級の発泡性ワイン、その黄金色の液体と、立ち上る繊細な泡を想起させるからに他ならない。
シャンパンは、祝祭の飲み物である。人生の節目、成功、出会い、記念日。喜びの瞬間に、コルクを抜く音と共に、空間は祝祭のムードに包まれる。グラスの中で、星屑のように立ち上っては消える無数の泡は、人生における幸福な瞬間の、儚くも美しい輝きそのものだ。
F3552のダイヤモンドたちは、まさにそのシャンパンの泡の如く、指の上で永遠にきらめき続ける。それは、過去の祝祭の記憶を呼び覚ますと同時に、「あなたの人生そのものが、祝福されるべき祝祭なのだ」という、私からのメッセージでもある。たとえ困難の只中にあっても、悲しみに打ちひしがれる日があったとしても、あなたの人生の基調は、このシャンパンダイヤモンドのように、温かく、輝かしいものであることを、この指輪は静かに、しかし、力強く語りかけてくれるだろう。
無色透明のダイヤモンドが放つ、氷のような鋭い閃光も美しい。しかし、それは時に、人を寄せ付けない完璧さ、近寄りがたい理想の象徴ともなりうる。対して、シャンパンダイヤモンドの輝きは、太陽の光を浴びた蜂蜜のようであり、暖炉の炎のようであり、そして、愛する者の眼差しのようでもある。それは、人の心に寄り添い、温める輝きなのだ。ユニセックスデザインとして、性別を問わず多くの魂にこの温もりを届けたい。それもまた、F3552に込められた私の願いである。
第三章:太陽の金属、職人の魂 ― 最高級K18無垢という選択
宝石が指輪の魂であるならば、その魂を抱く肉体、すなわち金属の選択は、物語の世界観を決定づける極めて重要な要素である。F3552がその肉体として選んだのは、冷たく知的なプラチナではない。温かく、生命力に満ちた、最高級のK18無垢イエローゴールドである。
第一節:K18という黄金比
古来より、金(ゴールド)は、太陽の象徴であり、神性や不変性のメタファーであった。その化学的安定性から、金は錆びず、朽ちず、その輝きを永遠に失わない。錬金術師たちが追い求めた「賢者の石」もまた、卑金属を金に変える触媒であったように、金は物質界における究極の理想形と見なされてきた。
しかし、純度100%の金、すなわちK24(24金)は、非常に柔らかく、日常的に身に着けるジュエリーの素材としては、傷つきやすく、変形しやすいという欠点を持つ。そこで、人類の知恵は「合金」という手法を生み出した。他の金属を混ぜ合わせることで、硬度や色合いを調整し、実用性と美しさを両立させるのだ。
K18(18金)とは、全体の75%が純金であり、残りの25%が、銀や銅などの「割金(わりがね)」で構成されていることを示す。この「75:25」という比率こそ、宝飾の世界における一つの「黄金比」なのである。それは、純金が持つ、資産価値としての普遍性と、魂を揺さぶるような山吹色の輝きを最大限に保ちながら、日常的な使用に耐えうる十分な強度を確保した、完璧なバランスポイントなのだ。
F3552がK18を選択した理由は、まさにここにある。シャンパンカラーのダイヤモンドが持つ「成熟した魂の彩り」は、プラチナの白では冷たく、K10の淡い黄色では力不足なのだ。太陽のエネルギーを凝縮したかのようなK18イエローゴールドの力強くも品格のある輝きがあってこそ、シャンパンダイヤモンドの温かな輝きは完璧に引き立てられ、両者は互いを高め合う、至高のマリアージュを奏でるのである。
第二節:1.23グラムの哲学と1.92ミリメートルの美学
F3552のスペックシートには、二つの数字が記されている。「1.23G」と「1.92mm」。これらは単なる物理的な数値ではない。南船場の我々のクラブが導き出した、デザイン哲学の結論である。
総重量、1.23グラム。これは、エタニティリングとしては、驚くほどに軽やかだ。我々は、あえて重厚長大なリングを良しとしなかった。真の価値や、愛の重さは、物理的な重量で測れるものではないからだ。この軽やかさは、指に着けた瞬間、まるで自分の身体の一部であるかのように、すっと馴染む。それは、重荷となる誓約ではなく、人生を共に歩む、軽やかなパートナーとしての存在感を象徴している。「永遠」とは、重苦しい束縛ではなく、魂を自由にする、翼のようなものであるべきなのだ。
そして、リング幅、1.92ミリメートル。これもまた、絶妙な数値である。2ミリメートルを超えると、リングはややカジュアルで、力強い印象を与える。逆に1.5ミリメートルを下回ると、華奢すぎて、耐久性や存在感に不安が残る。この「1.92mm」という、コンマ以下の領域にまでこだわった幅は、繊細さと存在感、エレガンスと日常性の境界線上に存在する、奇跡のラインなのだ。それは、一本で着けても十分にその美しさを主張し、他のリングと重ね着けしても、決して調和を乱すことがない。TPOを選ばず、性別を問わず、あらゆる人生のシーンに寄り添うことができる、究極の普遍性を、この1.92mmという幅に込めたのである。
第三節:神の指先を持つ職人
この完璧な設計図を、現実の形として顕現させるのが、我々のクラブが全幅の信頼を置く、一人の熟練した宝飾職人(タクミ)の存在だ。彼の工房は、南船場の喧騒から少し離れた、古いビルの二階にひっそりと存在する。そこには、最新鋭の機械もあるが、彼の祖父の代から使い込まれた、年季の入った工具たちが、今も現役で輝きを放っている。
F3552の製作は、まず、K18ゴールドのインゴット(塊)を、溶解し、鍛え、引き延ばし、一本の線にすることから始まる。それを寸分の狂いもなく真円に仕上げ、ダイヤモンドを留めるための座(石座)を、一つ一つ、顕微鏡を覗き込みながら、手作業で彫り込んでいく。この「共有爪(シェアードプロング)」と呼ばれる技法は、隣り合うダイヤモンドを、一つの小さな爪で共有して留めるため、金属の使用量を最小限に抑え、あたかもダイヤモンドだけが連なっているかのような、光のラインを生み出すことができる。しかし、それは極めて高度な技術を要求される。爪の大きさ、角度、深さが僅かでも異なれば、ダイヤモンドは傾き、輝きを損ない、最悪の場合は脱落してしまう。
彼は、息を殺し、指先に全神経を集中させる。彼の指先は、もはや単なる人間の身体の一部ではない。数十年という修練の果てに、デザインの意図を完璧に理解し、金属と宝石の声を聴き、0.01ミリ単位の誤差すら許さない、神の指先とも呼ぶべき精度を備えている。一つ、また一つと、シャンパンダイヤモンドが、カチリ、という微かな音と共に、ゴールドの座に収まっていく。その瞬間、ダイヤモンドとゴールドは、別々の物質であることをやめ、F3552という一つの生命体として、魂を宿すのだ。
最終工程の研磨(ポリッシュ)においても、彼の哲学は貫かれる。鏡面のようにただ光らせるのではない。K18ゴールドが持つ、本来の、深く、温かい艶を引き出すように、様々な種類の研磨剤を使い分け、布の当て方、指の力加減を絶えず変化させながら、丁寧に、愛情を込めて磨き上げていく。こうして、1.23グラムの金属と、1.00カラットの結晶は、一人の職人の魂を媒介として、F3552という名の、小さな宇宙として完成するのである。
第四章:南船場の結界とヤフーオークションという神託
さて、これほどまでに歴史と哲学と技術が凝縮されたF3552が、なぜ、大阪・南船場の、年に数日しか開かないクラブから、ヤフーオークションという、万人に開かれた市場に出品されるのか。一見すると、それは矛盾しているように思えるかもしれない。しかし、これこそが、運命の相手を見つけ出すための、我々が、いや、私が仕掛けた、最も現代的な魔法なのである。
第一節:なぜ南船場なのか
南船場という土地は、古くから、人と物と情報が行き交う、商いの中心地であった。しかし、それは単なる経済活動の場ではない。ここには、物の本質的な価値を見抜く「目利き」の精神が、空気のように満ちている。流行り廃りに流されることなく、本当に良いもの、物語のあるものを、正当に評価し、愛でる文化が根付いているのだ。
我々のクラブが、この地に結界にも似た空間を構えるのは、そうした南船場の精神性と共鳴するためである。我々は、無差別に客を呼び込むことを望まない。扉を開くのは、星の配置が整い、我々が世に問うべき「物」の準備ができた、年に数日の限られた期間だけ。その静寂と希少性の中で、我々は、物の声に耳を澄まし、次なる所有者との対話を待つ。F3552もまた、その静謐な空間で、自らが放つ微かな波動に、誰かが気づいてくれるのを、じっと待っていたのだ。
第二節:ヤフーオークションという名の赤糸
現代において、運命の相手を探し出すための、最も広大な海は、インターネットである。数億の人間が、それぞれの想いを抱えて、その情報の海を漂っている。ヤフーオークションは、その海に、一本の釣り糸を垂れる行為に似ている。
我々は、F3552を、不特定多数の「誰か」に売りたいわけではない。我々は、この指輪に宿された物語の全てを、魂のレベルで理解し、共鳴してくれる、たった一人の「あなた」を探しているのだ。
考えてみてほしい。あなたが今、この長大な文章を読んでいるという、その事実の奇跡を。あなたは、何百万という商品の中から、このF3552のページに辿り着いた。それは、単なる偶然だろうか? サムネイルの画像が綺麗だったから? タイトルが気になったから? それも一因ではあるだろう。しかし、もっと根源的なレベルで、あなたの魂が、この指輪が放つ波動をキャッチしたからではないのか。それは、運命の相手とすれ違った時に、なぜか目で追ってしまう感覚に似ている。
オークションという形式は、その運命を確かめるための、現代的な儀式(リチュアル)である。入札という行為は、単なる金額の提示ではない。それは、「私が、この指輪の物語の続きを紡ぐにふさわしい人間です」という、神への立候補なのだ。価格が競り上がっていく様は、その指輪を求める情熱の可視化であり、運命の引力がどれほど強いかを示すバロメーターとなる。我々が見ているのは、最終的な落札価格ではない。その価格に至るまでの、人々の想いの交錯であり、最終的に、最も強く、純粋な想いを抱いた一人の魂が、この指輪を勝ち取るという、神聖なドラマなのである。
このセールストーク小説そのものが、一種のフィルターだ。この2万字の物語を、最後まで読み通すだけの知性と感性、そして忍耐力を持つ者でなければ、F3552の真の価値を理解することはできないだろう。あなたは、その最終選考を、今、見事に通過しつつあるのだ。
終章:これは運命の指輪 ― あなたの物語の始まり
ここまで、私は、神の視点から、この指輪F3552が内包する、壮大な物語を語ってきた。しかし、最も重要な章は、まだ書かれていない。それは、この指輪があなたの指に渡った瞬間から始まる、あなた自身の物語である。
この指輪を手にした時、あなたは、単に美しい宝飾品を手に入れるのではない。
あなたは、古代エジプトから続く、愛と永遠を巡る人類の記憶の継承者となる。
あなたは、地球の深部で、数億年の時を経て育まれた、大地の結晶の守護者となる。
あなたは、南船場の名もなき職人が、魂を込めて作り上げた、工芸技術の結晶の所有者となる。
そして何より、あなたは、あなた自身の人生が、これほどまでに豊かで、祝福されるべき物語であったということを、再発見するだろう。
指に嵌めたシャンパンダイヤモンドの環を見つめるたびに、あなたは思い出すはずだ。人生における、大小様々な、きらめくような瞬間を。K18ゴールドの温もりが肌に触れるたびに、あなたは感じるはずだ。あなたは一人ではなく、悠久の時の流れと、多くの人々の想いに支えられて、今、ここに存在しているのだという、確かな感覚を。
サイズ16号。それは、男性の小指や薬指にも、女性の人差し指や中指にもフィットする、まさにユニセックスという思想を体現したサイズだ。パートナーと共有することもできよう。あるいは、自らの魂のパートナーとして、生涯、その指に輝かせ続けることも。その選択は、あなたに委ねられている。
さあ、競売の終了時刻は、刻一刻と近づいている。
しかし、焦ることはない。運命は、決してあなたを急かしたりはしない。
ただ、あなたの心の最も静かな場所で、自問してほしい。
「私の人生の物語に、この指輪は必要だろうか?」と。
もし、あなたの魂が、微かにでも「然り」と震えたのなら、それが答えだ。
躊躇うことはない。その一歩を踏み出す時だ。
F3552。これは、運命の指輪。
南船場の結界の中で、ただ一人、あなたを待ち続けていた、魂の片割れ。
今宵、ヤフーオークションの槌音が、あなたの新たな人生の序曲を告げるファンファーレとなることを、私は、時の外側から、静かに、そして、確信をもって見守っている。あなたの物語が、シャンパンダイヤモンドの輝きのように、永遠に続くことを祈って。
(2025年 11月 03日 10時 7分 追加)
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