日本の霊山 奉納品にみる各地の山岳信仰 井口喜晴
主要山岳信仰霊山分布図
カラー図版
単色図版
第一部 山岳信仰の成立と展開
I 原始山岳信仰の遺品
Ⅱ 山岳神の造形
Ⅲ 奉納の品じな
Ⅳ 修験道の遺品
第二部 山岳信仰の教理と実践
I 垂迹画と参詣図
Ⅱ 縁起と参詣記
作品解説
出品目録
参考文献
年表
Foreword
List of Plates
英文リスト
英文レジュメ
【本文筆者一部紹介】浜田隆/濱田隆
文化財調査官、東京国立博物館次長などをへて、昭和58年奈良国立博物館長、63年東京国立文化財研究所長。平成3年山梨県立美術館長などを歴任。
仏教絵画の研究・評論で知られ、密教絵画研究の第一人者。著作に「曼荼羅の世界」「極楽への憧憬」「密教美術大観 第1巻 両界曼荼羅」「日本古寺美術全集」など。東京大学文学部美学美術史卒。
【見出しより一部紹介】
第一部 山岳信仰の成立と展開
I 原始山岳信仰の遺品
わが国では至る所から大小幾多の山々を望見できる。世界共通の原始信仰として原始・古代人は、これらを神そのもの、
あるいは神霊憑宿の対象として崇拝した、なかでも特に選ばれたのは、山容で分けると雲表に高くそびえ、雄偉をほこる高山大嶽と、小さいながら笠形の山で集落とも接近し、人びとに親愛の情をもってまつられた神余備山(神のこもる山)であった。前者には富士山をはじめ鳥海山、赤城山、阿蘇山などがあり、当時噴火を起していた火山も少なくない。後者の例
では三輪山が著名で、いまも大神神社は本殿がなく、拝殿より三ッ鳥居を通して直接神体山の三輪山を奉拝し、山中には多くの盤座、盤境があり、おびただしい量の各種占代祭祀遺物を出土する。
Ⅱ 山岳神の造形
六世紀の中頃仏教が伝来し、わが国固有の神道はこれと人きく接触した。八世紀中頃には神仏習合思想が萌牙し、山林修行に影響を与えた。平安時代には密教が興隆し、山岳仏教に一層の拍車が加えられた。仏教では礼拝の対象として仏像をもつが、これが神道に多大の影響を与え、仏教の諸尊を本地(本末の姿)とし、神は権りの現われ、垂迹とみる思想が次
第に高まった。神々の造形は平安時代に入ってからようやくはじまった。
吉野金峯山に示現したという蔵王権現像、修験の開祖役行者をはじめ、熊野三山、立山、伊豆・箱根など各霊山に伝わる諸神像の成立も平安後期からで、三輪、白山、英彦山、大山などでは仏像を神体として造形したものが現存する。修験ゆかりの小金銅仏は那智では経塚や滝壺周辺から多く出土している。山岳神の造形は仏像とのかかわりにおいて生れ、盛衰の途も同じくした。
Ⅲ 奉納の品じな
山岳神への本納品には、伝世品では鏡鏡像、懸仏の類が多く、また本納の旨を記した鰐口、錫杖頭、銅鉢、瓶子なども
ある。鏡は本来、神社で御神体としていたものが、本地垂迹思想の神の本地は仏であるとの考えから、御神体鏡に仏像を
線刻するようになり、さらに線刻の仏像が半肉の仏像に替り、鏡面に嵌めることが行われ、遂には別の銅板や木板を仏像
にとりつけるようになった。鏡に仏像を刻したものを鏡像、半肉の仏像を鏡や円板にとり付けたものを懸仏とよび、両者
はともに御正体ともいわれる。これらの鏡像、懸仏には本地仏が表わされているので、その山の信仰を知る手懸りとなる。
また埋納遺物には、経塚遺物を含めた祭祭祀物があり、遺跡の形態はそれぞれの山によって異るが、本来の山の信仰形態
がうかがえる貴重な資料である。
Ⅳ 修験道の遺品
原始山岳信仰と仏教の密教的信仰とが融合し、山林での修行を重ね、呪力を体得するのが修験道であるが、それには独特の道具が揃えられていた。入峰斧、笈、三鈷柄剣、鉄湯釜、仏餉鉢やその他の修験法具などがあり、さらに修行を積んだことを証明する碑伝もあった。入峰斧は修験者が山林に入る際に行路を開くために用いたもので、のちに儀式の具となった。笈は山伏が物を入れ背に負う道具で二段に分ち、上段に五仏、下段に念珠、錫杖、密具などを納めていた。三鈷柄剣は、煩悩を摧破するための三鈷を剣に付けたもので、道場を清め、護摩に使う乳木を清めたりした。鉄湯釜は羽釜に三足を付けたものが一般的で、この湯を竹笹につけて結縁者にふりかけ身心を清めた。また修験用の仏餉鉢は高台を付けた鉢形で、洗米や賽銭受けに使用していた。
第二部 山岳信仰の教理と実践
I 垂迹画と参詣図
神仏習合思想の高揚の中から生まれたわが垂迹曼荼羅図は、まず神々の座す卸山、神域、社頭の気色を写し出すことに初まり、そこに神々の木地仏が比定せられ、かつ神々の形姿(御影・垂迹形)が描出されるに至ったとみることができる。
かかる観点から絵画部門では宮曼荼羅、本地仏曼荼羅、垂迹形曼荼羅に対象をしぼり、一部、諸山と祭神の創立を説く縁起絵巻、それに近世の社寺参詣図をふくめ、諸山の神々の実態を理解できるよう構成した。選択した諸山は熊野三山に初まり、葛城山、吉野・金峯山、比叡山、高野山、伊勢朝熊山、加賀白山、越中立山、寓士山、伊豆・箱根、下野日光山、伯耆大山などに及ぶ。
なかには国宝那智滝図、同一遍上人絵伝など、大和絵併用の自然観察豊かな作もあり、また近世の参詣図は作の優劣はべつとして、世相、風俗、効用面に注目すべき点が多々あり、ひとり絵画史的興味だけでなく、山岳信仰史を側面的に理解できる。
Ⅱ 縁起と参詣記
各地の多くの霊山には、開基や草創の奇瑞を説き、山中の堂塔の建立次第を述べ、神々や本地仏の霊異や修行者の神秘体験を語る縁起が備えられている。それらは修験道の発展に伴なって諸山の体制が整えられた平安時代以降に順次成立したもので、その霊験の著しさを世間に知らしめる唱導の書としての性格を帯びている。このためにしばしば誇張され、歴史的事実とは異なる記載も多いが、山岳信仰・垂迹思想・民間信仰などを考える上で極めて重要な資料である。
各地の霊山のうち、都に住む上皇や貴族の強いあこがれを誘ったのは金峯山と熊野である。金峯山は平安時代の半ば以降、蔵王権現と弥勒菩薩の聖地として貴族たちの「御嶽詣」が相継ぎ、埋経もおこなわれた。「熊野詣」は院政期に入って急激に盛んとなり、人規模な「熊野御幸」が毎年のようにおこなわれた。参詣の有様を綴る日記類は、当時の生々しい信仰内容を今に伝える貴重な記録である。
…ほか
【作品リストより】
原始山岳信仰の遺品
名称・員数・所在地・所有者
三輪山山麓出土品一括 奈良大神神社 東京国立博物館
山岳神の造形
銅造蔵王権現立像 二三躯 奈良 大峯山寺
銅造蔵王権現立像 一躯 奈良 国立博物館
銅造蔵王権現立像 一躯 滋賀 個人
銅造蔵王権現立像 一躯 奈良 個人
木造厨子入蔵王権現立像 一躯 奈良 如意輪寺
木造蔵王権現立像 二躯 鳥取 三仏寺
木造蔵王権現立像 一躯 高知 横倉宮
木造蔵王権現立像 一躯 東京 個人
木造役行者坐像 一躯 奈良 桜本坊
木造前鬼・後鬼像 二躯 奈良 金峯山寺
木造役行者坐像 一躯 奈良 個人
木造前鬼・後鬼像 二躯 奈良 西南院
木造役行者及二鬼像 三躯 奈良 松尾寺
木造役行者坐像 (円空作)一躯 奈良 松尾寺
木造家津美御子大神坐像 一躯 和歌山 熊野速玉大社
銅造立山神立像 一躯 富山県
銅造立山神立像 一躯 滋賀 個人
銅造走湯権現立像 一躯 静岡 伊豆山神社
木造普賢菩薩坐像 一躯 神奈 川興福院
銅造男神・女神坐像 二躯 栃木 輪王寺
銅造不動明王立像 以下 所蔵者等略
木造地蔵菩薩立像
銅造十一面観音立像
銅造菩薩立像
銅造十一面観音坐像
木造虚空蔵菩薩坐像
銅造阿弥陀如来坐像
銅造観音菩薩坐像
木造十一面観音立像(円空作)
木造不助明王立像(円空作)
木造金剛神立像(円空作)
木造愛染明王坐像(円空作)
銅造不動明王坐像
銅造如来立像
木造太郎天及二童子立像
木造軍茶利明王立像
銅造如意輪観音坐像
銅造観世音菩薩立像
銅造観世音菩薩立像
銅造十一面観音立像
金銅観音菩薩立像
金銅聖観音立像
金銅十一面観音立像
金銅弥勒菩薩半跏像
金銅薬師如来立像
銅造宝冠阿弥陀如来及脇侍像
銅造宝冠阿弥陀如来坐像
奉納の品じな
名称・員数・所在地・所有者(略)
線刻蔵王権現鏡像
金峯山山頂出土遺物
透彫蔵王権現像
鉾出蔵王権現像
鋳出蔵王権現像
槌出蔵王権現像
槌出蔵王権現像
線刻蔵王権現鏡像
蔵王権現懸仏
線刻如来鏡像
線刻地蔵菩薩鏡像
線刻五尊鏡像(瑞花双鳳八稜鏡)
線刻中台八葉院鏡像
線刻男神鏡像
線刻二神対向鏡像
線刻早馳明神鏡像
線刻子守三所権現鏡像
線刻子守三所権現鏡像
線刻女神鏡像
吉野曼荼羅懸仏
瑞花双鳥八稜鏡
瑞花双鳥五稜鏡
瑞花双鳳八稜鏡
松喰鶴鏡
銅板多宝仏塔残欠
金銅風鐸
撥形金具
蓮池文磬
金峯山経塚遺物
金銅経筒(藤原道長経筒)
紺紙金字無量義経断簡
紺紙金字弥勒上生経断簡
金銀鍍双鳥宝相華文経箱
金銅経箱
金銅経箱
紺紙金字法華経断簡
大峯山寺本堂内遺構出土遺物
金製如来及菩薩像
金銅仏
線刻蔵王権現鏡像
鋳出蔵王権現像
線刻金精明神鏡像
銅鏡
軸端
蝶形経帙飾金具
金銅鈴
玉類
金銅風鐸
小建築部材
護摩壇遺構断層
弥山山頂出土遺物
三鈷杵
銅三鈷杵
華鬘
斧
火打鎌
熊野那智本地仏懸仏
熊野三所本地仏懸仏
熊野十二社本地仏権現懸仏
熊野本宮経塚出土遺物
銅板製経筒
陶製外筒
熊野本宮大社奉納鏡
彷古鳥獣葡萄鏡
秋草双雀鏡
鋸歯文縁彷古鏡
菊花双鳳六花鏡
三神三獣鏡
瑞花双鳳八稜鏡
菊花敗双雀鏡
桐樹双鶴鏡
熊野新宮如法堂経塚出土遺物
純金円板線刻薬師如来像
陶製経筒
熊野新宮神倉山経塚出土遺物
純金円板線刻如来像
線刻馬頭観音鏡像
愛染明王懸仏
愛染明王懸仏
熊野阿須賀神社境内御正体埋納遺
跡出土品
阿弥陀如来懸仏
線刻薬師如来鏡像
線刻千手観音鏡像
線刻十一面観音鏡像
線刻大威徳明王鏡像
大威徳明王懸仏
愛染明王懸仏
那智経塚出土遺物
線刻阿弥陀如来鏡像
線刻薬師如来鏡像
線刻千手観音鏡像
線刻不動明王鏡像
線刻阿弥陀如来鏡像
線刻千手観音鏡像
線刻十一面観音鏡像
松喰鶴鏡
山吹双鳥鏡
梅樹双鳥鏡
秋草蝶鳥鏡
瑞花鴛鴦八稜鏡
五種鈴 独鈷杵 三鈷杵 五鈷杵 宝珠杵 錫杖頭 柄香炉 水瓶
金剛界成身会壇具
山王本地仏懸仏
不動明王懸仏
鞍馬寺経塚出土遺物のうち
毘沙門三尊懸仏 毘沙門天懸仏
独鈷杵 三鈷杵形金具
水瓶 銅板扉
線刻毘沙門天鏡像
毘沙門天鏡像
飯道神社懸仏群のうち
線刻阿弥陀如来鏡像
薬師如来懸仏
釈迦・薬師・阿弥陀如来懸仏
懸仏残欠
朝熊山経ヶ峯経塚出土鏡像
線刻阿弥陀三尊来迎鏡像(草花双鳥鏡)
線刻阿弥陀三尊来迎鏡像(磯馴松双鶴長方鏡)
線刻阿弥陀三尊鏡像(楓枝双鳥鏡)
多度神社経塚出土鏡のうち
薄蝶鳥鏡 花枝散蝶鳥鏡 花卉蝶鳥鏡 花卉双鳥鏡 萩双鳥鏡 山吹双鳥鏡 瑞花双鳥鏡 瑞花双鳥鏡 草花双鳥鏡 萩薄双鳥鏡
鉄製厨子
線刻中台八葉院鏡像(花枝鸚鵡鏡)
石製経筒附湖州鏡
禽獣葡萄鏡
蔵王権現懸仏
線刻如来鏡像
求菩提山普賢窟出土品遺物
銅板法華経
銅筥
彦山権現懸仏
銅経筒
宝満山経塚遺物
宝満山山頂出土施釉陶器断片
宝満山山麓出土遺物
褐釉水注
陶製長胴壺
土師器皿
銅板法華経及銅筥板
山王十社懸仏
線刻十二尊鏡像
枚聞神社奉納鏡
草花蝶孔雀方鏡
群蝶双雀鏡
那比新宮信仰資料一括のうち
銅造地蔵菩薩坐像
虚空蔵菩薩懸仏
線刻阿弥陀如来鏡像
星宮神社懸仏群のうち
阿弥陀如来懸仏 十一面観音懸仏 虚空蔵菩薩懸仏 虚空蔵菩薩懸仏 聖観音菩薩懸仏
黄釉瓶子
白山山頂出土遺物
銅経筒
独鈷杵残片及三鈷杵形
金銅水滴
木板彩画懸仏 木板彩画懸仏(十一面観音) 木板彩画懸仏(十一面観音) 木板彩画懸仏(虚空蔵菩薩) 木板彩画懸仏(阿弥陀如来) 木板彩画懸仏(地蔵菩薩)
石帯
銅鈴
鍠鈴
飾金具
鉄製品
陶磁器
鋳銅半肉千手観音像
菊花双雀鏡
柏唐草双鳥八稜鏡
線刻阿弥陀三尊十二光仏鏡像
小形密教法具(一面器)
小形密教法具(灑水器・塗香器)
鉄錫杖
銅錫杖頭
信夫山出土遺物
錫杖頭
火舎
六器
花瓶
銅鏡
熊野那智神社奉納品
聖観音懸仏 聖観音懸仏 聖観音懸仏
蓬莱鏡
十一面観音懸仏
聖観音懸仏
菩薩形懸仏
羽黒山御手洗池出土銅鏡
松鶴鏡ほか一九〇面のうち 網代鏡ほか
松水草双鳥鏡ほか一四〇面のうち
斜格子双雀鏡ほか二〇面のうち
鰐口
修験道の遺品
鉄入峰斧(蛭巻柄付)
鉄入峰斧
修験板笈
金銅装笈
椿彫木彩漆笈
三鈷柄剣
三ツ囗釜
銅仏餉鉢
真木碑伝
五輪塔碑伝
角碑伝
第二部 山岳信仰の教理と実践
I 垂迹図と参詣図
絹本着色那智滝図
絹本着色熊野曼荼羅図
絹本着色熊野曼荼羅図
絹本着色熊野曼荼羅図
絹本着色熊野曼荼羅図
絹本着色一遍上人絵伝巻第三
絹本着色熊野権現影向図
絹本着色熊野権現影向図
紙本着色熊野観心十界曼荼羅図
紙本着色熊野参詣曼荼羅図
絹本着色役行者像
絹本着色役行者像
紙本着色神於寺緑起断簡
絹本着色吉野曼荼羅図
紙本着色吉野曼荼羅図
絹本着色吉野御子守女神像
絹本着色吉野御子守女神像
絹本着色山王宮曼荼羅図
絹本着色日吉山王曼荼羅図
絹本着色山王本地仏曼荼羅図
絹本着色貼付山王本地仏曼荼羅図
絹本着色山王権現像
絹本着色丹生明神像
絹本着色狩場明神像
絹本着色高野明神像
絹本着色丹生明神像
絹本着色弘法大師・丹生高野両明神像
絹本着色一遍上人絵伝巻第二
絹本着色虚空蔵菩薩像
絹本着色虚空蔵菩薩像
絹本着色白山三社権現像
絹本着色白山垂迹曼荼羅図
紙本着色立山曼荼羅図一
紙本着色立山曼荼羅図ニ
絹本着色一遍上人絵伝巻第六
絹本着色富士曼荼羅図
絹本着色富士曼荼羅図
紙本着色箱根権現縁起
板絵着色日光三所権現像
絹本着色日光三所権現像
絹本着色伝日光滝尾権現曼荼羅図
紙本着色大山寺縁起巻第一
紙本着色大山寺縁起巻第二
Ⅱ 縁起と参詣記
御堂関白記 第六巻
後二条師通記 第十三巻
藤原師通願文
金峯山本縁起
金峯山創草記
金峯山秘密伝
諸山縁起
熊野三所権現御記文
熊野権現蔵王殿造功日記
熊野三所権現金峯金剛蔵王降下御事
熊野王子眷属
熊野御幸記
飛鳥井雅経消息
神道集
那智山滝本金経門縁起
白山縁起
三宮古記
白山宮荘厳講中記録
石動山古絵図
二荒山碑文
日光山滝尾建立草創日記