Tonu Naissoo(p), Ulf Krokfors(b), Brian Melvin(ds)
<ライナーノーツより> 「語り口」というものがある。とりたてて特異な内容でもなく、むしろ日常の何気ない出来事を語る言葉のなかに感じるその人なりの風合い、面持ちといったもの。 とりわけ、その人の生き方を物語るような「語り口」には穏やかでありながら、しなやかに伸びた葦のような意志を感じることがある。そんな「語り口」を持つピアニストがここにいる。 トヌー・ナイソーは60年代後半から活動を始め現在にいたるまで活躍するエストニアのピアニストで、旧ソ連時代、Melodiaレーベルから数枚のアルバムを発表している。 これらのアルバムは当時の時代背景を写すような内容だったということだが、昨年、澤野工房からリリースされたスタンダード曲集『WithA Song In My Heart』では、中世の時代から様々な民族や国から受けたエストニアの被支配の歴史を払拭するかのように軽やかで豊かにスィングするピアノ・タッチで耳の確かな澤野ファンを魅了した。 今回のアルバムではスタンダードだけでなく、ジミ・ヘンドリックス、ボブ・ディラン、ルイス・エサなど、ロックからボサノバまで多彩なメロディを取り上げ、美しく華やかでときにアグレッシブに多彩な表情をみせ、ピアノ・トリオというシンプルな構成と彼自身の「語り口」が、曲の持つ本来の美しい旋律を鮮やかに浮かび上がらせる。 そしてナイソーのオリジナルである最後の曲。かつての恋を思い出さずにはいられない、どこまでも切なく淡い色彩のメロディに思わず目を閉じる。
――今夜の月は物静かで、街中の喧騒を打ち消すかのように澄んだ光をそそいでいる。こんな夜はすべてを忘れ、彼のピアノとゆっくりと語らってみよう。Text by 白澤茂稔