御存知!故Randy Rhoads/Bob Daisley/故Lee Kerslake参加 故Ozzy Osbourne大傑作2nd「Diary of A Madman」
旧リマスター版 輸入盤未開封新品でございます。
最初のリマスターとなります。
このリマスター・シリーズ。
名手Jake E.Lee時代大傑作”Ultimate Sin”では”Shot in the Dark”短縮ヴァージョンとなっている事で知られますが、今作はオリジナルに即したもの。
名マスタリング・エンジニア故George Marinoがリマスターを手掛けている事がミソ。非常に良心的な音質となっております。
内容は言わずもがな。
ラインナップはオリジナル期名手揃い。
御存知!故Ozzy Osbourne(Vo)、故Randy Rhoads(G、ex-Quiet Riot)、Bob Daisley(B、ex-Widowmaker、Chicken Shack、Rainbow、
後にGary Moore、Living Loud他)、
Lee Kerslake(Ds、ex-Uriah Heep、National Head Band、The Gods他)となります。
また、ゲストとしてJohn Cook(Key)、Louis Clark(ストリングス・アレンジ)が参加。
(前者は名手故Cozy Powellの2ndソロ「Tilt」に参加【”Living A Lie”の鍵盤捌き等参照】。プログレ系で知られる”Kestrel”メンバーの模様)
(後者は全盛期E.L.O.ストリングス・アレンジャー。”Rainbow”大傑作”Rising””Long Live Rock'n'Roll”等参加)
プロデュースは故Ozzy Osbourne/故Randy Rhoads/Max Norman(後にY&T/Loudness/Megadeth等手掛ける)。
1981年3月~4月英国イングランド・ラスパー”Ridge Farm Studios”での制作となります。
前作”Blizzard of Ozz”が大好評。
そもそも契約が英国のみであったものが急遽全米含めた大規模リリースと切り替わり、加えて全米にて大好評を博す事となります。
ツアーも長期化が図られる事に..........
本格的な全米ツアースケジュールが組まれる事となり、本格的な全米進出の為、
(前作制作から全米ツアー開始まで一年が過ぎる事から)レコード会社側が新作を急遽要望。
全米ツアー前インターバル後期に創作を含めた新作制作に乗り出す事となります...........................................
さて今作。
英国ツアー後創作を開始していた感がございますが、急遽新作制作が決まり楽曲仕上げを急いだ感がございますが、
非常に創造性に富むラインナップという事もあり前作同様に楽曲・演奏アンサンブル等非常に充実した内容でございます。
前作は大傑作で大ヒットしたものの、スタジオ制作ならではの加工感があるもの。ライヴの有り方とギャップが感じられたものでございます。
ここではライヴ感重視でオーバーダビングを随分減らし、シンプルでへヴィな音造りとなっております。
制作期間が非常に限られており、仮録音のギターソロをそのまま使用(”Little Dolls”や”Tonight”の感)、
大作主義タイトル楽曲でのストリングス/聖歌隊の音量調整が上手く出来なかったとの故Randy Rhoadsの回想がございますが、
それを感じさせない程の充実ぶりでございます。
故Randy Rhoadsの成長は著しいもの。
クラシック・ギター系の技術色が強く、独特の起伏を加えた演奏スタイルは前作以上に巧みとなっており、非常に印象深いもの。
但し、同じL.A.のシーンで活動し故Randy Rhoads自身が前座も務めた”Mammoth”改め”Van Halen”の名手革命児故Edward Van Halenの
スタイルを応用し自らの演奏スタイルに強く取り入れた成果が目立つもの。
更には洗練されてきており、来るべき筈であった次作以降に更なる期待を持たせるものでございました。
更には故Randy Rhoadsはロック音楽系には非常に稀有な「Bluesの影響が皆無」という才能のギタリストの一人。
(かの名手Alex Lifesonや名手Robert Fripp、薄いと言えば名手Steve Hackett、名手Peter Banksや名手Steve Howeくらいでしょうか......)
その驚くべき特徴を生かした演奏スタイル、作曲や音楽性を指向。
また色彩感が少ないと言われるHM/HR分野で色彩感やポピュラー感を上手く加えたもの。
更には非常に楽曲展開が早いもので飽きさせない出来となっております。
(実家が音楽学校で自身が講師という事があり、故Randy Rhoadsは自身の音楽アンテナを広げていた模様。
影響はないものの御気に入りギタリストは存在(元同僚の証言曰く)。
故Ronnie Montrose(Montrose)/故Leslie West(Mountain、West,Bruce & Laing)/御存知!Ritchie Blackmore/Michael Schenker、
巨匠Jeff Beck/何と!Bill Nelson(Be Bop Deluxe)、
御存知!故Gary Moore(同マネージメントで共にセッション有り。故Gary Moore自身も故Randy Rhoadsの演奏スタイルや才能を称賛)、
巨匠故Allan Holdsworth(Igginbottom/Tempest/Soft Machine/Jean Luc-Ponty/Bruford/U.K.他)、
Steve Lukather(Toto、Nervebundles他)/Steve Morse(現Dixie Dregs/Steve Morse Band、ex-Kansas/Deep Purple)、
驚きのTom Scholz(Boston)、かのジャズ/フュージョン系名手Earl Klugh等々と非常に興味深い名手揃い。
非常に驚きを感じさせる選択ではございますが.......................................
故Leslie Westに関しては、かの対位法を用いた作曲(Felix Pappalardi由来のアレンジと思われますが)は興味深いものの、
演奏面は稚屈な面が見られると厳しい評価でございましたが......................
(この厳しさがかの名手Don Aireyとウマが合った感が............................................)
またMick Ronson(David Bowie、Ian Hunter等)も当時のQuiet Riotの同僚Kevin DuBrow絡みで気に入っていた模様。
風貌が良く似ておりますが......
かの歴史的巨匠セゴビアの愛弟子(←ここ非常に重要)、
後にFrancis Monkman(ex-Curved Air/801他)らとプログレ/フュージョン系バンド”Sky”を結成したクラッシック系名手”John Williams”
(かの”Deer Hunter”のテーマ曲でも御馴染み)も御気に入りだった模様でございます。
こちらは明らかに技術面で影響を受けております....................................................)
また、Bob Daisley/Lee Kerslakeのリズム隊も非常に充実したもの。
HM/HR界最強のリズム隊の一つではございますが、非常に巧み。
非常に起伏に富みスケール感抜群。
ハイテク感のみならず変幻自在の感があり、名手故Randy Rhoadsの個性と上手く協調し見事な構築性を見せております。
またBob Daisleyは歌詞のみならず作曲にも絡んでおり、リズム面から見た音楽性で貢献していた感がございます。
(そもそもこのリズム隊自体が作曲に絡む感が................Uriah Heepにて故Lee Kerslake後任たる”Chris Slade”曰く、
「故Lee Kerslakeの演奏が他の演奏に非常な影響を与えていた」との事からも伺えるものでございます)
故Ozzy Osbourneも前作同様意欲的で、ヴォーカル・メロディ面の充実振りには目を見張るものがございます。
Black Sabbath隠れ名盤”Technical Ecstasy”以降、模索し続けた色彩感に富んだ音楽性を前作で実現し、更に進めた感がございます。
正直巧みなヴォーカリストではございませんが、存在感と応用力は見事なもの。
かの名手Rick Wakeman(Yes/ABWH他)が一目置く事が理解出来るものとなっております。
音楽性の新展開はタイトル楽曲”Diary of a Madman”。
聖歌隊や弦楽隊を起用した壮大なスケールの大作主義楽曲でございます。
元々アカデミック指向な感のある故Randy Rhoadsの意向が強く反映された感がございます。
(だから王立音楽院出身名手Don Aireyとウマが合った感......)
故Randy Rhoadsに注目が集まりがちでございますが、
スケール感のみならず変拍子を生かした楽曲という事もあり名手リズム隊の有り方も非常な聴きものでございます。
また、故Ozzy Osbourneのヴォーカルも興味深いもの。Rick Wakeman曰くの「大作主義に合う存在感」の正にそれでございます。
今曲のみならず、他曲での応用性に目を見張るものがございます.....................................
制作後、ビジネストラブルにて名手リズム隊は解雇。
非常に創造性に富んだこのラインナップが崩壊した事が悔やまれるものでございます........................................................................
全米ツアー前に名手リズム隊Bob Daisley/故Lee Kerslake解雇。
新たに名手Tommy Aldridge(ex^Black Oak Arkansas/Pat Travers Band)、故Randy Rhoadsの初期Quiet Riot同僚Rudy Sarzo、
サポートKey奏者に前回同様Linsey Bridgewaterを起用。
全米ツアーに乗り出す事となります.........................
本家”Black Sabbath”が初の公式ライヴ盤制作に乗り出す事となり、対抗意識を燃やしたマネージメント側や故Ozzy Osbourneが
「全曲Black Sabbathライヴ盤」(後の”Speak of the Devil”企画)制作を打ち上げる事となります。
「初期Black Sabbathの幻影」に固執するマネージメント側や故Ozzy Osbourneの有り方に非常な疑問を抱きそれに嫌気が差した故Randy Rhoads。
(それでは「Blizzard of Ozz/Diary of a Madman」を制作した意味が無い!」という事なのでしょう..............)
バンド脱退を示唆。
(そもそも中学卒業時に(日本でいう)大検資格を得ていた)故Randy RhoadsはUCLA音楽学部への進学を検討する事となります。
大慌てとなった故Ozzy Osbourne側は説得に乗り出すものの、故Randy Rhoadsの意志は固いもの。
学業期間はバンド活動停止、
(長くても一年程。かのジャズ界名手小曾根真さん(名門バークレー音楽院主席卒業)がオーケストレーション理論を学ぶ為に音大進学、
されど半年程にて”No Name Horses”結成という経緯有り)
そして前作制作時に故Randy Rhoadsと非常にウマが合い、「貢献の割にはギャラが少ない」と文句を言いかの”Rainbow”を解雇された
王立音楽院出身で非常に仲の良い出身名手Don Aireyを(アカデミック相談役として)加入させる事で故Ozzy Osbourne側は引留を図る事となります......
(故Randy Rhoads存命が条件となりますが......................
故Randy Rhoads学業専念期に別ギタリストにて”Speak of the Devil”企画を実行するという感.................)
またRudy Sarzoがこの故Randy Rhoads離脱意思を巡って
故Kevin Dubrow、故Randy Rhoadsを含めたQuiet Riot再結成を狙っていたという話がございます。
されど当時故Randy Rhoadsが狙った”Diary of a Madman”音楽新展開を鑑みると、
この”Quiet Riot”の音楽性は正直故Randy Rhoadsの望むものでは無い感がございます。
例え件の事故が無くOzzy Osbourne Band離脱となれど、今作の音楽的経緯から鑑みれば、
そもそも”Quiet Riot”名称に固執しなかった故Randy RhoadsがRudy Sarzoの案に乗るとは思えず、
故Ozzy Osbourneの音楽的応用性からも鑑みると故Kevin DuBrow等の狙う音楽性には馴染まない感がございます。
故Randy Rhoadsと非常にウマが合った名手Don Aireyの存在が鍵となる感がございます。
公私に渡る故Randy Rhoadsに絡む発言から窺えるものでございますが...................................
故Randy Rhoadsが生きていれば、
Pat Metheny/故Lyle May、Steve Hackett/Nick Magnusの様に非常に長い付き合いになった感がございます.......................)
名手Don Airey加入となりますが..................
かの”Tribute”でも聴かれますが、演奏/アンサンブルが緩かったこの時期。
名手Don Aireyには【相当な駄目出し】(王立音楽院出身ですからねぇ.........)を喰らった感が有り、非常に引き締まった充実したものへと変化。
(初期Quiet Riot在籍時に唯一作品リリースし故Randy Rhoadsが思い入れがあった)日本公演を控え、活動に勤しむ事となります................
そして三月十九日...................................
この機会に是非。