赤木曠児郎（1934-2021）は岡山市に生まれ、岡山大学理学部物理学科を卒業後、1963年に渡仏し、以後パリを拠点に制作を続けた。油彩、水彩、リトグラフを用いてパリやフランスの風景を描き続け、1971年ル・サロン展水彩画金賞、1974年同展油絵金賞を受賞し、終身無鑑査となる。1975年ツーロン市立美術館主催国際展で仏大統領賞、2000年第32回現代国際絵画フェスティバルで最高金賞、2002年にはナショナル・デ・ボザール協会名誉副会長となり、日本人初のピュビス・ド・シャバンヌ賞を受賞した。作風は「アカギの赤い絵」と称され、輪郭線を朱色で彩る独自の技法が特徴である。また「素描原画」という手法を用い、黒インクとペンで描くデッサンを油彩画の前段階として制作、街角での制作を重視し、500点に及ぶパリの素描原画は歴史的資料としても評価されている。画家活動と並行して「日本繊維新聞」のパリ駐在記者を務め、プレタポルテを日本に初紹介するなど、ファッション業界にも影響を与えた。

赤木曠児郎「ムフタール通りの市場」水彩 約8号 1983年作
赤木曠児郎による本作《ムフタール通りの市場》は、パリ5区に実在する歴史ある通り「リュ・ミュフタール（Rue Mouffetard）」の朝の市場風景を題材にした一枚です。パリ左岸の庶民的な雰囲気を残すこの界隈は、石畳の坂道に沿って果物や野菜、鮮魚、花などの露店が並び、地元の人々が日常的に集う場所として知られています。画面全体には赤木特有の細密なペン描と明快な水彩の色彩が広がり、商店のテント、商品が並ぶ露店、空を切り取る電線、街路樹の枝先にいたるまで、息づく街の一瞬を克明に描写しています。カラフルなオーニング、連なる看板、立ち並ぶパリの古い建物群が、都市の賑わいと歴史の香りを同時に伝えています。朱色の線で輪郭を縁取る独自の技法「アカギの赤い絵」が用いられ、画面に独特の躍動感と温かみを与えています。

赤木は1963年に渡仏して以降、生涯にわたりパリを拠点に制作を続け、街角に立って描く「素描原画」を重視しました。本作もまた、現地の空気を吸いながらその場で描かれたと思われ、まさに「歩いて、見て、描く」彼の制作哲学が反映された作品です。都市を単なる風景としてではなく、生きた記憶として描き出す赤木のまなざしは、過去と現在をつなぎ、見る者をあたたかなノスタルジーへと誘います。《ムフタール通りの市場》は、絵画でありながらドキュメントでもある、パリの市井の記録であり、同時に赤木曠児郎という画家の精神の写し絵でもあります。