アジア初の開催となる東京オリンピックを間近に控えた1961年、
東京・赤坂に ”世界の社交場” を掲げるレストランシアターが誕生した。
その店の名は…ミカド
オリンピック開催にあたり、世界中から来日する政財界要人、IOC幹部・関係者、文化人・著名人などVIPの接待・社交場として、
東京にもその役割を担う施設の建設が急務であった。
当時の費用で15憶円の巨費(現在の貨幣価値換算で60億円弱)を投じたミカドはこのような背景から誕生した。
時の自民党副総裁、大野伴睦の鶴のひと声で銀行団が結成され資金の大半が融資されるに至った。
民間施設だが半ば国策事業としての側面も有した。
本品はその赤坂ミカド開業期に来客に配布された陶器製灰皿。
デフォルメした菊の花がロゴマーク。元箱としおりが付属する未使用品です。
国際的に通用する社交場を目指しただけあり、外観はもちろん、内装インテリアから調度品に至るまでそのしつらえは豪華絢爛。
海外から一流のエンタティナーやダンサーを招き、レヴューを鑑賞しながらゆっくりと食事を楽しめる…というコンセプトだった。
1962年、フランク・シナトラの初来日公演はこの赤坂ミカドで行われた。
(因みにこの赤坂ミカドでの公演の様子がYouTube Frank Sinatra performance in Tokyo 1962 で御覧いただけます。
しかしこのVよく残ってたなァ~。お膝元のTBSが当時、放送権獲得に頑張ったみたいデス…)。
最終画像のように元箱表面に多少の傷が見られますが、本体には欠けや割れ、チップはありません。
昭和史に多少なりとも関心のある方ならミカドはご存知でしょう。
力道山の事件が起きたニューラテンクォーターと並び、
この時代のトーキョーナイトシーンを語る上で、けして外れることのない楔(くさび)と思います。
戦後の焼け野原から猛烈な勢いで復興した東京を舞台に、外交官の皮を被った本職スパイや
政策への影響に勤しむ怪しげなロビイストなど、魑魅魍魎とした人物が暗躍しその舞台となったのも赤坂ミカドでした。
本品は単なる灰皿ではありません。
激動の昭和を象徴する ”時代のかけら” です。
激レア品。価値のわかる方に。
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