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『紅の女王(クリムゾン・クイーン) ― 9.4グラムの宣戦布告』
【序章:摩天楼の頂にて】
東京、六本木。
地上50階にある会員制クラブのVIPルームから、私は眼下に広がる宝石箱のような夜景を見下ろしていた。
グラスの中で揺れるヴィンテージ・ワインの赤は美しいが、私の左手にある「赤」には敵わない。
「レイナ、またその指輪か?」
隣に立った夫、タカシが苦笑いしながら言った。彼の指には、先日私がプレゼントした数千万円のパテック・フィリップが巻かれている。
対して、私の左手薬指にあるのは、この巨大なルビー色のリングだ。
ハイブランドでもなければ、純金ですらない。素材はシルバー925にゴールドメッキ(GP)。
この部屋にいる誰のジュエリーよりも安価なはずだ。
けれど、パーティー会場の視線は、私のこの左手に吸い寄せられている。
幅17mmという異様な存在感。
指の半分を覆い尽くすような、無数の赤い石の群れ。
それはまるで、女王の王冠そのものだ。
「ええ。だって、これが私たちの原点でしょう?」
私は指輪を掲げた。照明を吸い込み、ドロリとした濃厚な赤が輝く。
このリングには、私たちの「血」と「汗」、そして若き日の「狂気」が詰まっている。
これは単なるアクセサリーではない。
私たちが世界に喧嘩を売り、そして勝った証(トロフィー)なのだ。
【第一章:泥水の底で見た赤】
時計の針を8年前に戻そう。
当時の私たちは、大阪・西成区の古いアパートに住んでいた。
タカシは売れない画家、私は安月給の美容師。
夢だけは大きかった。「いつか世界を驚かせるアートを作る」「自分のブランドを持つ」。
語り合う夜は熱かったが、朝になれば現実は冷酷だった。
家賃の督促状、止まりかけた電気、スーパーの見切り品のパン。
愛さえあれば金なんて、というのは嘘だ。貧しさは確実に心を蝕んでいく。
「結婚しよう」
タカシがそう言ったのは、そんなドン底の冬の日だった。
彼は私の指を握りしめ、申し訳なさそうに言った。
「でも、指輪……今は買えない。ごめん」
私は首を振った。指輪なんていらない。あなたが隣にいればいい。
そう言おうとしたが、彼は頑固だった。
「いや、ケジメだ。俺はレイナを幸せにする。その証が欲しい。でも……貯金が8万円しかないんだ」
私たちは心斎橋へ出た。
煌びやかなブライダルジュエリーの店には入れない。路地裏のリサイクルショップや、アンティーク雑貨店を巡った。
8万円で買える婚約指輪なんて、虫眼鏡で見なければ見えないような極小のダイヤがついた中古品か、変色したシルバーリングくらいだった。
「……惨めだね」
私がポツリと言うと、タカシは唇を噛み締めた。
その時だった。
あるショーケースの隅に、異様なオーラを放つ塊があった。
「なんだ、あれ」
それは、婚約指輪の常識を覆すような、巨大なリングだった。
大粒のルビー(あるいはルビー色の石)が、これでもかと敷き詰められている。
丸みを帯びたドーム型のフォルム。
黄金色に輝く台座。
まるで中世ヨーロッパの貴族が、肖像画の中でつけているような代物だ。
店員を呼び、ケースから出してもらう。
手に取った瞬間、タカシの手が沈んだ。
「重い……!」
9.4グラム。
一般的な婚約指輪が3グラム程度だとすれば、その3倍の重量だ。
「素材はSLV925、つまりシルバーに金メッキです。ダイヤでも金でもありません。でも、新品ですよ」
店員は正直に言った。
シルバー。メッキ。
本来なら、婚約指輪の候補になど挙がらないスペックだ。永遠の愛を誓うには、あまりに脆い素材かもしれない。
だが、タカシの目は違っていた。
彼は震える手で、そのリングを光にかざした。
「レイナ、見てみろ。この赤を」
私も覗き込んだ。
そこにあったのは、冷たいダイヤモンドの輝きではなかった。
マグマのような、あるいは動脈を流れる血のような、生々しい「生命の色」だった。
「プラチナの細い指輪なんて、今の俺たちには似合わない」
タカシは熱っぽく語り出した。
「俺たちは今、何者でもない。金(ゴールド)じゃない、ただのシルバーだ。……でもな、見てみろ、このデザインを。この圧倒的なボリュームを。こいつは、自分がメッキだなんて思ってない。『私は女王だ』って顔をしてやがる」
彼は私の左手を取り、そのリングを薬指にはめた。
サイズは11.5号。
私の指には少し大きかったが、その存在感は凄まじかった。
私の荒れた手が、一瞬にして、物語のヒロインの手に見えた。
「レイナ。これを婚約指輪にしたい」
「えっ? でも、これ……ファッションリングよ?」
「いいや、これは『武装』だ」
タカシは私の目を真っ直ぐに見た。その瞳には、久しぶりに強い光が宿っていた。
「俺たちはこれから戦場に出る。世間という名の戦場に。その時、小さくて上品なダイヤなんてつけてたら、ナメられて潰されるだけだ。
お前には、このくらい図太い指輪が必要なんだ。
今はメッキかもしれない。でも、いつか俺が成功して、この指輪の中身も全部、本物の純金に変えてやる。それまでは、この『虚勢』を身につけてくれ」
『虚勢』。
その言葉が、私の胸に刺さった。
そうだ。私たちは今まで、世間に縮こまって生きてきた。
必要なのは、謙虚さじゃない。
「私はここにいる!」と叫ぶような、圧倒的なハッタリと自信だ。
「……分かった。受けて立つわ」
私が頷くと、タカシは8万円を支払い、そのリングを正式に私のものにした。
店を出た時、冬の風はまだ冷たかった。
けれど、左手の薬指だけが、カッカと熱を帯びていた。
重い。
9.4グラムの愛と野心が、私の指に食い込んでいた。
これが、私たちの「革命」の始まりだった。
その翌日から、私の人生は劇的に変わり始めた。
いや、正確には「私自身の振る舞い」が変わったのだ。
美容室での仕事中、私の手元は常に客の視界に入る。
以前なら、手荒れを隠すように動かしていた指先を、私は堂々と見せるようになった。
カットをするハサミを持つ手。シャンプーをする手。
その動きに合わせて、幅17mmのルビーリングがギラリ、ギラリと深紅の閃光を放つ。
「あら、すごい指輪ね!」
お客様は必ず反応した。
「これですか? 夫からもらった婚約指輪なんです」
私は胸を張って答えた。
「素敵ねぇ! どこのブランド? カルティエ? それとも海外のアンティーク?」
「ふふ、秘密です」
私は決して「シルバーのメッキです」とは言わなかった。
堂々としていれば、人は勝手に価値を感じ取るのだ。
この指輪をつけていると、私は「ただの美容師」ではなく、「センスのあるアーティスト」として扱われるようになった。
指名が増えた。
「あのお洒落な指輪のお姉さんに切ってほしい」
そんな噂が広まり、私の予約枠は埋まっていった。
タカシの方も変化していた。
「レイナがあんな凄い指輪をつけてるんだ。俺がショボい絵を描いてるわけにいかない」
彼の作風が変わった。
繊細で弱々しいタッチを捨て、指輪の赤に触発されたような、大胆で情熱的な色使いの絵を描き始めたのだ。
キャンバスに叩きつけられる赤、赤、赤。
それはまさに、私たちの飢餓感と生命力の爆発だった。
ある夜、タカシが興奮して帰ってきた。
「レイナ! 画廊のオーナーが、俺の絵を買いたいって!」
「本当!?」
「ああ。決め手は『赤』だったそうだ。『君の絵からは血の匂いがする』って」
私たちは抱き合った。
私の左手が彼の背中に回る。
視界の端で、ルビーのリングが妖しく笑っているように見えた。
まるで、「そう、その調子よ。もっと欲張りに生きなさい」と囁いているかのように。
だが、この指輪が本当の力を発揮するのは、ここからだった。
私たちが独立し、共同でビジネスを立ち上げた時――このリングは最強の「魔除け」であり、「交渉の武器」となったのだ。
(第一部完・続く)
『紅の女王(クリムゾン・クイーン) ― 9.4グラムの宣戦布告』
【第二章:女王の進撃】
独立を決意したのは、あの指輪を買ってから2年後のことだった。
タカシのアートと、私の美容の知識を融合させた、前衛的なトータルビューティーサロン『QUEEN'S RED』。それが私たちの城の名前だった。
資金はギリギリ。場所は大阪・北堀江の小さな雑居ビル。
だが、私たちの志だけは、どの有名店よりも高かった。
「絶対に負けない。私には、この指輪がある」
オープン初日。私は深紅のルージュを引き、左手にあのリングをはめて店のドアを開けた。
SLV925GPのゴールドの輝きは、何度磨いても曇ることがない。
むしろ、私の手汗と熱気を吸い込んで、より一層ギラギラとした妖気を放っているように見えた。
最初の客は、タカシの絵に興味を持ったという画商の紹介で来た、芦屋の資産家マダムだった。
彼女は全身をシャネルとヴァンクリーフで固めていた。
彼女の指には、繊細で上品なプラチナとダイヤモンドのリングが光っている。
私の指輪とは、対極にある存在だ。
施術中、鏡越しに彼女の視線が私の左手に止まった。
「……あら、変わった指輪ね。すごいボリューム」
値踏みするような目だった。
ここで怯んではいけない。私はニッコリと微笑み、あえてその左手で彼女の髪を大胆にかき上げた。
「ええ。これは私の『戦闘服』なんです。ただ綺麗なだけの宝石には興味がないので」
その言葉に、マダムは一瞬虚を突かれた顔をし、それからフフッと笑った。
「戦闘服、か。……嫌いじゃないわ、その強気な態度」
帰り際、彼女は次回の予約だけでなく、友人を5人紹介すると約束してくれた。
「あなたのその『自信』を買うわ。私を、あなたみたいに強くて美しい女にしてちょうだい」
勝った。
私はバックヤードで、震える拳を握りしめた。
このリングの幅17mmという異様な面積は、相手の視界をジャックし、こちらのペースに巻き込むための催眠装置なのだ。
そこから、『QUEEN'S RED』の快進撃が始まった。
SNSで「指輪の似合う謎の美女オーナー」として話題になり、インフルエンサーたちがこぞって来店した。
タカシのアートも、サロンの内装として飾ったことで注目を浴び、海外のバイヤーから声がかかるようになった。
だが、出る杭は打たれる。
近隣の競合大手サロンから、嫌がらせのような圧力を受けたことがあった。
「あんな派手なだけの店、すぐに潰れる」
根拠のない悪評を流され、取引業者からも納品を渋られた。
資金繰りが悪化し、私たちは窮地に立たされた。
深夜のオフィス。
通帳の残高を見つめ、頭を抱えるタカシ。
「……やっぱ、無理だったのかな。俺たちのやり方は、無茶すぎたのか」
弱気な言葉を吐く彼の肩を、私はバシンと叩いた。
「何言ってるの! 顔を上げなさい!」
私は彼の目の前に、左手の拳を突き出した。
ドーム状に盛り上がったルビー色の群れが、蛍光灯の下で赤黒く光る。
「見て! この指輪はまだ少しも曇ってない。8万円で買ったメッキの指輪が、まだこんなに輝いてるのよ。
中身がシルバーだろうが何だろうが、輝き続けたもん勝ちなの!
あんたが言ったんでしょ? これは『武装』だって!」
私の剣幕に、タカシはハッとした表情をした。
そして、私の手を取り、その指輪にキスをした。
「……そうだったな。女王陛下のおっしゃる通りだ」
彼の目に、再び野心の炎が宿った。
翌日、私たちは銀行への融資交渉に向かった。
担当者は堅物の男性。資料を見る目つきは冷ややかだった。
「実績がまだ足りませんね。この数字では……」
私はテーブルの上に、左手をドンと置いた。
9.4gの金属音が、会議室に響いた。
担当者がギョッとして私の手を見る。
私はその目を逃さず、まっすぐに見つめ返して言った。
「数字は後からついてきます。私たちは今、大阪で一番勢いのある風を起こしている。
この指輪を見てください。これと同じ熱量が、私たちのビジネスにはあります。
私たちに賭けるか、それともみすみす逃すか。……後悔しない方を選んでください」
それは、ただのハッタリだったかもしれない。
だが、その時の私には、背後に巨大な赤龍が見えていたかもしれないほどの迫力があったはずだ。
担当者は額の汗を拭い、「……面白い。あなたのその迫力に免じて、稟議を通しましょう」と言った。
融資は下りた。
その金で私たちは一気に店舗を拡大し、ライバル店を圧倒した。
年商は数千万円から、やがて億の単位へと駆け上がっていった。
生活水準も変わった。
住まいはタワーマンションへ。車はポルシェへ。
服もバッグも、一流ブランドのものが当たり前になった。
本物の金、本物のプラチナ、本物のダイヤモンドも手に入れた。
それでも。
パーティーの席で、重要な商談の場で、私が身につけるのは決まってこの「SLV925GPのルビーリング」だった。
ある時、宝石商が私に囁いたことがある。
「社長、そろそろ本物のルビーはいかがですか? ピジョンブラッドの最高級品をご用意できますが」
私は首を横に振った。
「いいえ。私にとっての『本物』は、これだけなの」
なぜなら、この指輪は私の戦友だからだ。
泥水をすすっていた時代を知り、共に戦い、共に勝ち取ってきた同志だからだ。
どんなに高価な宝石も、この指輪が持つ「物語の重み」には勝てない。
この赤い石の一つ一つに、私たちが流した悔し涙と、勝利の美酒が染み込んでいるのだ。
そして今。
私たちはついに、海外進出という最大の夢に手をかけようとしている。
ニューヨーク。あのアートとビジネスの最激戦区へ。
出発の前夜、タカシが私に言った。
「レイナ。そろそろ、その指輪を休ませてやらないか?」
「え?」
「俺たちはもう、武装しなくても戦える。お前はもう、指輪の力を借りなくても、十分すぎるほど強い女王だ」
彼はポケットから、小さな箱を取り出した。
開けると、そこには目が眩むような、大粒のダイヤモンドリングがあった。
今度こそ、本物の、最高級の婚約指輪だ。
「……約束、果たしたぞ。中身も外見も、本物にしてやるっていう約束」
私は泣いた。
ルビーの指輪をつけた左手で、涙を拭った。
そうか。私たちの「革命」の第一章は、これで終わったんだ。
このルビーリングは、私を「何者か」にするという役目を、完璧に果たしてくれた。
だとしたら、次は――。
私は指輪を外し、その重みを掌で確かめた。
まだ熱い。この指輪はまだ、戦いたがっている。
「次の挑戦者」の指に行くことを望んでいる。
(第二部完・続く)