代表作には「地下道の眠りシリーズ」「泉シリーズ」「荒野シリーズ」などがあり、生涯を通じて現代リアリズムを追求しました。

佐藤照雄「裸婦 エチュード」油彩 10号 1978年作 証明シール
佐藤照雄《裸婦 エチュード》（1978）は、背を向けた女性裸体を静謐な空気の中で描いた一作です。画面には麻地の地肌がそのまま残り、背景や白布の描写は荒々しい筆致のまま留められていますが、人体のみは緻密に描き込まれており、写実力と観察力の高さが際立ちます。背中から腰、脚にかけての量感や、肌のわずかな起伏を追いかけた深い陰影表現は、作者が生涯追求した“現代リアリズム”の到達点を示すものといえるでしょう。タイトルにある「エチュード（習作）」は、単なる練習ではなく、人体の構造美を的確に捉えるための実践的な創作行為を意味します。本作では、完成度を意図的に分けることで、肉体そのものの存在感と生々しさを鮮明に浮かび上がらせています。振り返るように立つモデルのわずかな緊張、重心のかかる足元、引き締まった背中の骨格線など、実在する生身の人間を前にして描かれた“描写の瞬間”がそのまま画面に息づいています。

佐藤照雄（1926-2003）は朝鮮に生まれ、東京美術学校で安井曽太郎に学びました。戦争と時代の荒波の中で中退を余儀なくされ、戦後は上野の浮浪者を描いた《地下道の眠り》シリーズを制作し、弱者に寄り添う視線をもって人物画に取り組んだことで知られます。1950年代には似顔絵描きやイラストレーターとして生計を支えながらも創作を続け、1960年代以降は新制作展や安井賞展で評価され、1971年と1975年に入選。晩年は自宅アトリエで後進も育て、特に裸婦を主題とした作品はファンも多く、写実表現の魅力をもっともよく伝える代表的テーマとなりました。本作は、丁寧な構造描写と絵肌の抑制を併せ持つ、1970年代の成熟期に位置づけられる貴重な作品です。画家の静謐なまなざしと、裸婦像が持つ普遍的な美しさが、ひとつの画面に結晶しています。