制作背景と文脈から見れば、1970年代中盤という時代性は、日本における現代音楽受容と、アヴァンギャルド芸術の萌芽が交錯する時期と重なる。デノンが「PCM Recording's series Music Experimental」としてこの録音をリリースしたことは、既存のクラシック音楽の枠組みを超え、新たな音響体験を追求するレーベルの先鋭的な姿勢を示す。高橋悠治とジョン・ケージという組み合わせは、東洋と西洋、伝統と革新、哲学と実践が交差する知的な場を創出する。この演奏は、音楽を歴史の線形的な進展から切り離し、音そのものが持つ未来的な可能性を提示する。「グリッチ」や「エラー」と捉えられがちなプリペアド・ピアノの変質は、むしろ新しい身体性、ひいては音の「ダイアスポラ」を肯定するラディカルな試みと読み解くことができるだろう。このレコードは、単なる過去の記録ではなく、録音された時間が、いかに現代の知覚と制度に新たな問いを投げかけ続けるかを示す、鮮烈な「ソニック・フィクション」なのである。