昭和5年3月10日付、寄發第八二〇號、轉寄留トシテ取扱候條及通知候也 愛知縣名古屋市西區役所 朱公印押し の古文書(古はがき)です
内容(裏面) 本籍、原居所寄留所、新住所寄留所、氏名、が記入されています。印刷+ペン書き、朱公印押し 日付・昭和5.3.10 (宛名面) 静岡縣・吉津村役場・あて、「寄留簿記入濟」、「鷲津町役場・受付印」のゴム印押し
切手 田沢・1銭5厘・新大正毛紙・平面版 日専カタログ品番168.出現日1928(昭和3).12.-.
消印 機械波印・縦6本波(L型)・名古屋・5.3.10・后6-8、明瞭印
差出人・宛先など 愛知縣名古屋市西區役所・発、静岡縣吉津村役場あて、宛名面・ペン書き+朱印、裏面・転寄留トシテ取扱通知・公印押し
寄留簿 とは、本籍地を移動せずに人が転居した場合、その実態を把握するために役場で作製したものです。流入者は「入寄留簿」につづり、流出者は「出寄留簿」につづりました。明治19(1886)年の戸籍法改正によって役場に備え付けられるようになり、大正3(1914)年には「寄留法」も成立しました。これにより90日以上本籍地以外の市町村に寄留するときには、10日以内に届けなければ5円以下の過料を払わなければならなくなりました。有名な寄留簿としては、北海道月形町の行刑資料館に展示されている 杉村義衛(永倉新八)のものがあります。これは月形町にあった樺戸集治監の文書群から発見されたもので、当時小樽に本籍地を置いていた元新撰組二番組長・永倉新八が杉村義衛と改名し、明治15年から4年間、樺戸集治監(刑務所)の剣術師範として看守に剣術を教えていたときのものです。様式は明治19年式戸籍に準じていました。寄留簿は戸籍を補う存在として先祖調査には大変に役立つものですが、残念ながらほとんど現存は確認されていません。通常、保管されている先は旧村役場文書を引き継いだ公文書館などですから、ご先祖の住んでいた村の文書がどこかの公文書館、文書センターなどに移管されていると分かった時には、ぜひ問い合わせてみると良いでしょう。もしも発見されれば、家族の歴史を復元する上で一級史料となるものです。 https://www.kishimotoyoshinobu.com/ より 鷲津町 (わしづちょう)は静岡県の西部、敷知郡・浜名郡に属していた町。現在の湖西市中心部にあたる。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、中之郷村、吉美村、山口村、坊瀬村、古見村、鷲津村が合併して敷知郡吉津村が発足。
1896年(明治29年)4月1日 - 郡制の施行のための静岡県下郡廃置法律により浜名郡および長上郡・敷知郡の大部分、豊田郡の一部の区域をもって、改めて浜名郡を設置したため、所属郡が浜名郡に変更。
1929年(昭和4年)4月1日 - 吉津村が町制施行・改称して鷲津町が発足。
1954年(昭和29年)8月20日 - 日本国有鉄道バス浜名線白須賀 - 鷲津間開通。坊瀬、川尻口停車場新設(日本国有鉄道公示昭和29年234号)。
1955年(昭和30年)4月1日 - 白須賀町・新所村・入出村・知波田村と合併して湖西町が発足。同日鷲津町廃止。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
経年
93年 消印から
状態
はがきと切手に、黄ばみがあります。切手は、左寄り上寄りオフセンター品です。はがきは、焼け、汚れ、シミ、隅ヨレ、などがあります。宛名面上部に紙剥がし跡があります。戸籍関連の古文書です。経年が93年以上なので、画像にはマスクしていません。
美品希望の方、神経質な方には向いていません。
開始価格
戸籍関連の希少品につき、現行定形郵便料金の5倍としました。 110×5=550円.........
最少額送料は110円(定形郵便)です。
包装紙などに包装紙などにリサイクル用紙類を用いる場合があります。
他の商品との同梱を歓迎いたします。
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