新千歳空港から車で1時間、 日高山脈 の麓の豊かな森林と清流鵡川に抱かれ た、人口4,000人の小さな町です。 かつ ては造材と石炭、クローム鉱で賑わった 町ですが、過疎が進み、いま4人に1人 が高齢者です。 北海道内でいちはやく有 機農業と健康のまちづくりに取り組み、 穂別米は道内ベスト10内にランクされ、 メロンや長イモは全国に多くのファンを 持っています。
■出演者の平均年齢74歳。 企画も撮影も 編集も、すべて初めて。 ■出演者の最高 年齢は主人公源次郎の父親役、安田由造 さん82歳、スタッフの最年長もカメラマ ンの星勇さん82歳。 ■出演者数125人、 スタッフ42人、 協力団体89 団体。
平成13年11月の文化講演会で講師の 映画監督崔洋一さんが 「映画づくりは人 づくりと題して講演、 「支笏湖小学校の 子どもたちが卒業記念に映画をつくっ た」という話から 「それならカントク、 わしらでもつくれるべか」 「できるでき る」から始まった。
■脚本づくり (平成13年12月~平成14 年2月)、 実行委員会発足 (平成14年1 月)、 制作発表 (平成14年5月)、撮影開 始 (平成14年6月)、 クランクアップ (平成15年2月)、 編集作業とともに追加 撮影、 効果音入れなど
愛があった。村はあたたかかった。 戦争があった。コメづくりに奮闘した。
たく
これくらい面白いものは他にない 奥泉 光(作家)
崔洋
氏の熱心な指導があっ たとはいえ、素人だけ でこれだけのものを作ってしまえるのは、 人口4千人に満たぬこの町の人々が、本 当に面白いものが何であるかを知ってい るからだ。 歌って踊る老人たちの映画、 今これくらい面白いものが他にない。 老 人たちはまさに文化創造の主役として登 場する。 町おこしだとかいった事柄を遥 か後方に置き去り、本物の文化とはかく 生まれるのであると高らかに宣言するか のようである。
素敵な風景に感激 有森
6
(マラソンランナー) 裕子
行っている穂別に、こんなに
毎年も素敵な風景があったんだ
と、思わず感激しました。 その美しい風 景の中での町の人たちの心が、ストーリ ーを通して伝わってきます。 高齢者の 方々が、 生き生きと、 町の歴史を演じる 姿が印象的で、 また来年の 「たのしみ」 が増えたようです。
「創造」 の扉をあけた
崔洋一 (映画監督)
「扉」 があ
人にはる。この映画で高齢者
の方たちは 「創造」という名の扉を開け た。 ぼくの中の扉も開いた気がするし、 これは面白い。 その生き生きした表情を 見てほしい。 その頑張っている姿はほか の町の高齢者たちをも動かさずにはおか ない。 描かれる高齢化や農業のテーマは、
世界中の農業者に見てほしいものだ。
和18年(1943年)、 源次郎に召集令状
口が届く。 大豆畑だけの貧困の農家から
脱するべく源次郎は戦地へ行く。 「お国のた
めになる」ことが貧困から救われることだ ったが、昭和22年(1947年) 復員した源次 郎に残されたものはやはり貧困な農業だけ だった。 源次郎は人が変わったように無口 になり、米づくりを手がけてひたすら働く。 その源次郎をじっと待っていたのは、出 征前に見合いをした千代だった。 村の人た ちのあたたかい勧めで、2人は結婚し、食 糧難のなか、冷害や洪水と闘いながら稲作 に励んだ。
昭和55年(1980年)、 源次郎の水田が宮 内庁の献穀米に選ばれ、2人の苦労がよう やく実を結んだ。 「お国のために」 という源 次郎の悲願が稔った田で厳かに 「清め払い 式」 も行われた。
しかし減反政策が進むなかで、 息子の和 富はメロン栽培へと転換をはかり、 源次郎 と対立する。 そんな時に千代が病いに倒れ た。 和富の嫁里子は、 病床の千代から戦後 の2人の苦労と懸命に生きてきた話を聞く。 そして戦争のために挙げられなかった源次 郎と千代の結婚式をあげようと提案する。 嫌がる和富を動かし娘たちの応援もえて 賑やかに開かれた結婚披露宴の中でウエデ ィングドレスを着た千代は、 病いに呆けた まま昔の結婚式の幻想にひたっていく。 そ れは2人がまだ若く、 みんな貧しかったが、 村の人々のあたたかさにつつまれた賑やか な歌と踊りと笑顔の風景だった。ふと気が ついて我にかえった千代の耳に懐かしい歌 が聞こえてくる。
源次郎が出征するとき、 ハーモニカでき かせてくれた 「早春賦」 のメロディだった。 それを孫たちが舞台で力いっぱいに演奏し ている。
会場のみんなが懐かしい歌を口ずさみ始 め、大きな合唱になっていく中で、 家族の 思いやりが父と子を和解に導いていく。 春 と聞かねば知らでありしを聞けば急かるる 胸の思いを一。
キャスト 富平源次郎
里子 長女
次女 長男 富平源平 ウメ 明石宗一郎 ツネ 仲人ばあさん 村の男たち
千代 富平和富
(子役)
梅藤 和男 棚橋幸子 鎌田 義明 玉村 遼成 鎌田喜美子 佐藤元美
栗原知香惠 原 大智
安田 由造
佐々木工 佐々木秀吉
救急隊員 民誤
大野 京子 浜本菓子 作田 佰 盤木幸子 三上イネ子 山本 邦雄 五味世津子 板野 勝 佐々木義春 種田八重子 高橋 博志 伊藤 秋
浦
希
嘉
浜本敏男 小野 英夫
菊地 武光 本間 洋子 佐藤 鉄雄 丹羽 勝己 藤崎良夫 三 村上照雄
山内 孝子 若林 昇 紺谷るり子
協力
献米
田里
阿久津修一 大頭和良 小松 盛雄 佐々木富子 小松栄子 牛澤宏福 伊藤京子
石井
高幸
佐々木ひろみ 川崎 雅子 横井 亮
中村由美 中澤千惠子 大谷初枝 園部 一枝 正 宮上子 小野寺雅美 茶木原一嘉 星 美典 前田利春 武 狐塚 工藤 幸三
中澤利幸
清川三十四
柴田 恒雄 本多廣行
外舘 昭司 藤 政雄 田中 弘美 大坪 ハナ 斎藤秀夫 伊藤 正太 三宅 孫一 柴田美由紀 笠原 清美 高橋善三郎
石井 原口 田中 洋治 菅田健太郎 七尾 輝男 田沼いずみ 森山
清一
毅
工藤 幸一
薬売り 医者 看護婦 台所の女たち
網場の男たち
仲人
紀藤 淑子 山崎 良子 宮田 貞介 中村 良夫 庄司 康男 高田行雄 益山 喜一 大頭キミエ 石崎百合子 服部 記代 深谷 晴子 今村正光 森本富士雄 大田 耕司 片石 秀伸 神主 献穀米の人たち 横山 宏史 只野 繁 大田 裕二 清川三十四 山本義 戸田実津男 写真屋 幻想の結婚式の人たち 滝川 満夫 佐藤春吉 浅野 元市 山中 光男 大頭 昌子 奥村敏夫 紀藤 武 佐々木 勇 北倉了一 俊子 林 結婚式の人たち 柴田 歌子 原口 君江
真光寺
中澤農園
スタッフ
小野寺正行 布施 平
小野寺正順 北倉 清
脚本 攝影 音楽
斉藤征義 星
勇
山本幸惠 阿保登美子 藤崎 節子 須合 なみ 前田 富 大塚 外一 三上 清文
川村ハツエ
記録・編集 音、照明 整音
美術
緒方 勝助 藤江
助監督
伸
森田 基 明河 新一 中澤 利幸 清川まり子 中村 敏子
笠原良三 飯田 洋明 中澤とき子
制作担当 振付 美装 メイク助手 衣裳
着付
大道具装飾
中野 憲明 佐藤 良嗣 佐々木政 本多 親子 宮上 勝幸 藤田 則昭 佐藤 三男 豊 田中 中澤十四三 三上由起子 高橋安佐子 田真理子 丸山 範子 山下百合子 宮崎 晴美 穂別町高齢者いきがい事業団
合田惠子
原
明弘
小流眞弓
原メロン園 滝泉
河本洋品店 うの寿司
窪田旅館 あららぎ荘
北倉石油店
池田重工
別町森林組合
正栄堂
株式会社よしかわ
藤屋商店
原口電気商会
穂別ニサナイ自治会
ほべつ銀河鉄道の里づくり委員会
穂別町富内老人クラブ
穂別町栄和老人クラブ
穂別町社会福祉協議会
別誠和学園
友会
ほべつ町民劇場
7才一工7-
柏 範子 石黑久美子 東惠利子 三上千江子 菊地 早苗
夕才、7 一宀工厂 栄和カラオケ会
阿部くみ子 岡田 恵子
原スタジオ
コーラス赤いトマト STUDIO Miyagami
KENMEI・音楽事務所 苫小牧穂別会
小野寺明美
株式会社BIBI HAIR.POINT机 丸駒泉旅館
報
船木崇央
ホテルニュー王子株式会社
吉 東 上杉数男 藤崎十四雄 長岡 豊谷 小松善吉 笹川秀夫 藤江利男 喜田野々花 高橋 健一 森池サダ子 野村 博 遠藤 正弘
中西 定治 森池一夫 山中 真一 中村 光男 田代 政行 実 斎藤 弘 谷口 中野 生 一柳義則
原口 武敏 大野
衛
タイトル文字
撮影応援
村上
制作進行 進行助手
技術指導
監督
隆 小野寺富子 伏木 允一 東 秀明 原田幸一 宮崎 利春 伊藤 好一
巳子才
卜ク株式会社
惠比寿神社
新冠町,下萬
中野さやか 勉 加藤
中野生 関谷 敏明
千歳市マルチメディア情報センター 松竹衣装株式会社 松竹新撮影所準備室 工イ卜工厂 NHK札幌放送局 田 de - 苫小牧市博物館
高津裝飾美術株式会社
株式会社アド・ビデオ北海道
力儿在見
寒行委員会
德別町立博物館
乾合指導
崔洋一
北海道文化財団 穂別町教育委員会
北海道市町村振興協会
小林酒造株式会社 生体システム実践研究会北海道支部
翔
宮内庁行れ新嘗祭(11月23日)仁
天皇陛下献穀米」 選れ石。穂別町
献上 1980年
九、3年連続上位等級米実績もつ農業者加 中沢利幸无、84年清川三十四の行打「夕力」 指定机、 この映画は中沢さんの資料により、80年10月5日に行われた刈り取り清め払 )式卷.清川の田圃再現。穂別町の稻作1928年凭祥 、本 格的生戰後在25。干机 大、小豆、馬鈴薯主力犬。 71年,国の生調整,減反政策上一下,又八之力也) 転作が始まった。 農業構造の変化は農、過疎化へと進み、 その中で高品質 米在追求、「任の于口米は北海道内現在10位内ク石。
流送人
王子製紙苫小牧工場の八用原料木の造材、1909年5、穂別の山奥 で始まった。この搬送に鵡川と別川が利用され、 流送人とよばれる専業者 たちが、トビ1本で丸太に飛び乗り操った。 冬の集材 (出し)、馬橋による 土場までの運搬(バチ橋、 タマ曳きなど)、 雪と馬を利用した北海道独特の運 搬法といわれる。 流送人の多くは富山や秋田県から、 藪出しは岩手県からの 出稼ぎ者で、作業は高谷木材などが請負い63年ころまで続いた。
祝言
映画では戦後まもなくの別の農家の結婚式を再現した。 当時は嫁方の家 での祝宴のあと夕方に輿入れとなり、 婿方が羽織 袴で提灯を点して出迎え あるわわしで、積雪の多い時期は馬にのり、 家具も積み込んでの嫁入りだ 一。祝言婚方の家の座敷八畳2室<5 行力机、招待客多<<$40 人。 ご馳走はすべて近所の主婦たちがつくり、いつもより明るく点されたラ ンプの座敷に一人ひとりのお膳が並べられた。 引き出物は幸洋堂山口商店の 紅白まんじゅうか鯛の形の落雁が使われた。
余興と樽いれ
花嫁が婚家に到着するころ、結婚式を見ようと近所の若者や主婦たちが集 まって、 窓からのぞいたり、賑やかだった。 酒宴がたけなわになると、招か れなかった若者たちが顔をかくして台所により、カラの祝い樽や一升瓶を転 がしてさしだす。 手伝いの主婦たちがそれに酒をいれてやる。 「喜びを増やす」 の意味で、瓶などには祝いのノシや5円玉がついていたものもあったという。 これに応じないと、若者たちは会場にニワトリを入れるなど祝宴をメチャメ
余興には歌や踊りがくりひろげられ、 出身県の唄を自慢しあう。 開拓地北海 道ならではのにぎやかさだった。
穂別メロン
夕張メロンを育てた小林勇が 「甘くて日持ちのするメロン」として71年に 德別町誕生這世IK種。当初「本家分家 の口>戰争」話題上人 だが、「母親が同じの兄弟メロン」といわれる。 おなじ赤肉
I
K
り感
栽培し
だが、夕張キン グはなめらかな肉質 種はしっか と香りの 高さが特色。 「別の方が日照 時間が長く 、 やすい。 糖度も上回る」 といわれている。 穂別町のメロン 生農家02年度62,面積40ha,品質の高定評。
企画・制作
田人de一力儿実行委員会
德別町
実行委員長 原田幸一
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