一生向き合える、やわらかい歌声
「10,000マニアックス」脱退後の3作目となるソロ・アルバム。
2001年に発表されたソロ第4作。Tボーン・バーネットとナタリーによる共同プロデュース。ますます多彩になった音楽性を、唯一無二の歌声が心地よくまとめあげ、デビッド・ボウイやエルトン・ジョンといった大御所にも認められた傑作。「Just Can't Last」「Build a Levee」「Tell Yourself」「This House Is on Fire」などを収録。
This House Is on Fire(Merchant)
Motherland(Merchant)
Saint Judas(Merchant)
Put the Law on You(Merchant)
Build a Levee(Merchant)
Golden Boy(Merchant)
Henry Darger(Merchant)
The Worst Thing(Merchant)
Tell Yourself(Merchant)
Just Can't Last(Merchant)
Not in This Life(Merchant)
I'm Not Gonna Beg(Merchant)
前作『Live in Concert』 ('99年)の後、長期のオフに入ると言われていたナタリーだが、結局、翌2000年の夏にはブルーグラス編成のバンドとともに、アメリカの伝統的なフォーク・ソングを中心に演奏するツアーを敢行。そして2001年秋には、Tボーン・バーネットを共同プロデューサーに迎えての新作アルバムが発表されることになった。
フォーク・ツアーの直後であったり、ギリアン・ウェルチやジミ・デイル・ギルモアらが参加するとの情報が出回ったりしていたので(結果的には今作には彼らの演奏は入っていないが)、ルーツ・ミュージック寄りのサウンドになるのではないかと予想されていたのだが、結果としてこのアルバムは、そうした期待を上回る多彩で深い音を聴かせてくれる。フォーキーな曲はもちろん、ブルース調や ラテン調の曲もあって新鮮だ。殊に、「Saint Judas」「Put the Law on You」「Build a Levee」と3曲続くブルースは聴きもの。
ナタリーの歌声も、今までになく落ち着き、陰影をただよわせていながら心地よい。歌詞にもナタリーらしい独特のテーマのものがまた増えた感じで、ブックレットに行を分けずに文字が組んであるのはマニアックス時代を思い出させる。アルバムの後半にかけては明るめの曲が並んで、聴き終えた後の余韻はすがすがしい。
なお、ナタリーはこのアルバムを、9月11日にアメリカで起きた同時多発テロの犠牲者に捧げている。このアルバムが完成したのはあの惨事の2日前のことだったのだそうだ。また、このアルバムは全米チャートでは最高位30位を記録、発売年内にゴールド・ディスクを獲得している。
This House Is on Fire 中近東風のイントロから、レゲエ風のビートが展開する。ソロになってからのナタリーには珍しい実験的なサウンドを持った「つかみ」のアルバム冒頭曲。世界が崩壊する一触即発の危機感をつづる歌詞は、今となってはあの同時多発テロを想起させずにはおかない。「もうすぐ、すぐにもその日が来る/この火薬庫があなたの目の前で爆発する日が!」といったくだりは、シンクロニシティーを感じさせて、鬼気迫るものがある。
Motherland 流れるような3拍子にブルーグラス風のアレンジが心地よい名曲。歌詞には様々な解釈が可能だろうが、失われた時代、失われた故郷への憧憬の歌として、また傷付いた人々への子守唄としての普遍的に響く何かがあるように思われる。
2003年には、ナタリーの大先輩ともいえるジョーン・バエズがアルバム『Dark Chords on a Big Guitar』でこの曲をカバー。2006年には、クリスティ・ムーアがアルバム『Burning Times』でこの曲を取り上げている。
Saint Judas マザーランド・ブルース篇の開幕。などと書きたくなるほど、ここからの3曲は本格的なブルース風の曲になっている。ソロになってからのナタリーの音楽はマニアックス時代とくらべて、より黒人音楽のかくし味が効いたものになっていた印象があるけれども、ここまではっきりとブルージーな曲がアルバムに並ぶのは初めてだ。さらにこの曲と「Build a Levee」にはメイビス・ステープルズがバック・ボーカルで参加、オーセンティックなゴスペル/ブルースらしさを増している。
歌詞は、黒人に対するリンチの歴史を追う写真展を見てインスパイアされたものだそう。アメリカ南部の州名が列挙されて、「人の心の中の闇ほど大きな邪悪はない」と歌われるエンディングも印象的だ。
Put the Law on You ムーディーで何だか色っぽさも感じてしまう恨み節(?)ブルース。今作のライブ・ツアーでナタリーがこの曲を歌うときには、ボアを首に巻いてキャンプな雰囲気を醸し出しながら、情念たっぷりに歌ってみせるのがお決まりになっていた。
Build a Levee このアルバムからの第2弾シングルとなった人気曲。「私が小さな女の子だったころお 母さんが言った…」という歌い出しからして、古いフォーク/ブルース・ソングの型をふまえており、わくわくさせられる。キレイな顔をして誘惑してくる 悪魔(オトコ)に騙されちゃダメなんだそうですよ、みなさん。いかにもという感じの二枚目俳優に出演してもらって、ビデオを作ったら面白かっただろうと思うのだが、ビデオは制作されなかった。
Golden Boy ここから2曲は、アルバム『Ophelia』を思わせる、作り込まれた曲が続く。この曲では、冷めた感じのウィスパー・ボイスで、「作られた偶像」を生み出す時代のありさまが詩的に、淡々と描かれている。
Henry Darger 知る人ぞ知るアウトサイダー・アーティスト、ヘンリー・ダーガー(1892-1973)をテーマにした印象的なトラック。ダーガーは天涯孤独の中で暮らしながら、膨大な量の物語・イラスト作品を残した人物で、その作品は彼の死後初めて世間に明らかになった。その中心的な作品は、1万5千ページにも及ぶ未完の大作『非現実の王国で』(The Story of the Vivian Girls, in What is Known as the Realms of the Unreal, of the Glandeco-Angelinnian War Storm, as caused by the Child Slave Rebellion)という物語とその挿し絵。
クラシカルな弦楽はまるで彼の作品から流れ出す異世界の音楽のようで、ナタリーの声はまるで彼の作品中の少女たちの口からもれる囁き声のよう…。
The Worst Thing ぐぐっと渋い、哀愁のスパニッシュ・ギターが心に残るバラード。「恋するっておよそ最悪なことだったわ…」などと、むちゃくちゃ枯れているのだが、この曲のこの暗さとアンニュイな雰囲気はなんとも魅力的。スペイン語で一節歌って締めているところも良い。
Tell Yourself ここからはシンプルなアコースティック・ポップ篇。この曲は自分に自信がもてないティーンエイジの女の子を応援する、ポジティブで爽やかな曲。
Just Can't Last 先行第1弾シングルにも選ばれたキャッチーなポップ・ソング。やはりシングルになっていた『Ophelia』所収の「Kind & Generous」にもどことなく似ていて、サビの「You know it just can't last, …」というところは、結構そのまま「I want to thank you, thank you, …」と歌えてしまったりする(笑)。
とはいえこのご時世、「こんな重荷が長く続くわけはない」というメッセージには心に沁み入るものがある。「人生は素敵なもの、でもとても短い」と歌った「Life Is Sweet」や、「こんな暖かな恵まれた日々は後にも先にもない、その意味に気付いて」と歌った「These Are Days」と表裏一体のナタリー哲学。良いことにも悪いことにも、すべてにいつかは終わりがくるということ。
このシングルに対してはリズ・フリードランダー監督(「Jealousy」のビデオと同じ監督)によるプロモーション・ビデオがつくられており、曲調にふさわしくポップな出来になっていた。
Not in This Life 「この人生で二度と同じ間違いはしない」と、すがすがしく潔い過去との決別を思わせる歌。一人で風の中を、雨の中を歩き、街を歩いて落ち着いた気分に浸ること、息を吸い息を吐くことの素朴な喜び…。『Tigerlily』収録の「Where I Go」のような心洗われる曲だ。
I'm Not Gonna Beg 音数が少なくピアノが効いた、『Tigerlily』のスタイルに近いサウンドで聴かせる、シンプルで包容力のあるR&Bバラード。ナタリー自身にとってもお気に入りの曲らしく、アルバム発表当時のインタビューでは「一度でいいからこの曲をアレサ・フランクリンに歌ってみてもらいたい」とも発言している。
試聴のみ。ケースは経年による汚れが見られますが、盤面は大変綺麗な状態です。
邦盤。ボーナストラック収録。
歌詞、対訳、解説、帯付き。
サンプル。