『漆黒の宇宙(そら)、暁の抱擁』
私がこの作品の構想を始めたのは、フィレンツェの古い書斎で、ルネサンス期の天文学に関する古文書を読んでいた夜のことだ。そこには、宇宙の闇が光を生み出す母胎であるという思想が、詩的な言葉で綴られていた。光は闇なくして存在し得ず、闇もまた光によってその深遠さを識られる。この根源的な二元性、対立しながらも互いを高め合う関係性こそ、人間存在そのもののメタファーではないか。私は、この哲学的命題を、最も身近で、最も高貴な芸術品であるジュエリーで表現したいという衝動に駆られた。
素材の選定は、その哲学の具現化に他ならなかった。まず、主役として選んだのは、夜の闇そのものを内包したかのようなブラックダイヤモンドだ。市場に溢れるありふれた輝きではない。これは「カーボナード」とも呼ばれ、その起源は地球外、超新星爆発によって飛来したとの説もある、神秘の結晶だ。私はこの石に、虚無や絶望の色ではなく、万物を内包する宇宙の静寂、思考の深淵、そして未だ見ぬ可能性を秘めた混沌の色を見た。2.00カラットという量は、この深遠な世界を覗き込むための、いわば「窓」の大きさだ。そのひとつひとつが、惑星のように連なり、静かな重力で互いに引き合っている。
しかし、闇だけでは物語は完結しない。そこに差す光が必要だった。私は、ブラックダイヤモンドの連なりの間、その結節点に、純粋な光の粒としてのダイヤモンドを置いた。これは、暗黒の宇宙に散らばる恒星の煌めきであり、深い苦悩の中から生まれる一筋の希望の閃光だ。計算され尽くした配置は、闇が光を際立たせ、光が闇に意味を与える「光と影の対話」そのものを表現している。
そして、これら二つの対極的な存在を抱擁するのが、18金ピンクゴールドのフレームだ。なぜイエローゴールドの古典や、プラチナの冷たさではなかったのか。それは、このゴールドが持つ「暁」の色が必要だったからだ。夜が終わり、朝が始まる境界線の、あの空の色。それは人間の肌に最も馴染み、温もりを感じさせる色でもある。冷たい宇宙の真理と、情熱的な生命の輝きを、人間的な愛や温もりが繋ぎとめる。このフレームは、単なる台座ではなく、物語のすべてを統合し、昇華させるための「抱擁」なのだ。
デザインの根幹をなす十字(クロス)のフォルムは、単なる宗教的象徴を超えている。それは天と地の交差点であり、縦軸としての精神性と、横軸としての物質的世界の結節点だ。我々の存在そのものが、この二つの軸が交わる一点に他ならない。このペンダントを身に着けるということは、自らがその中心点となり、内なる宇宙と外界とを繋ぐ存在になる、という宣言でもある。35.0×25.1mmというサイズは、主張しながらも決して威圧しない、知的なバランスを追求した結果だ。
完成した作品を手に取った時、私はそこに単なる宝飾品ではない、一つの小宇宙が脈打っているのを感じた。3.9グラムという重さには、素材の価値だけでなく、悠久の時を経てきたダイヤモンドの記憶と、それを繋ぎとめた職人の情熱が凝縮されている。
この『漆黒の宇宙(そら)、暁の抱擁』は、もはや私の手から離れ、新たな物語を紡ぐべき主を探している。それは、自らの内に光と闇の双方を認め、その矛盾さえも愛することのできる、成熟した魂の持ち主であろう。このペンダントは、あなたの人生という旅路において、時に静かな思索を促す夜空となり、時に進むべき道を照らす暁の光となるだろう。これは、あなた自身の物語を刻み込むための、白紙の頁なのだ。