グリゴリー・イスラエリエヴィチ・ツェイトリン Григорий Израилевич Цейтлин（1911年生まれ）は、ウクライナのオデッサ美術研究所（現・M.B.グレコフ記念オデッサ美術学校）を1932年に卒業し、A.ショウクネンコ、D.クライネフ、A.ガウシュ、T.フライエルマンに師事しました。1940年にはモスクワのスリコフ記念国立美術大学に入学しましたが、翌1941年に自ら志願して前線に赴き、砲兵小隊および砲兵中隊の指揮官として従軍しました。第二次世界大戦中の功績により、赤星勲章（1944年・1945年）、祖国戦争勲章二級（1944年・1985年）、さらに「対独戦勝記念メダル」など複数の勲章を授与されています。1938年から展覧会に参加し、肖像画家として知られつつも静物画も手がけました。代表作には《E.N.ポマンスカヤの肖像》（1947）、《老人の肖像》（1948）、《集団農場の番人》《人形を持つ少女》（ともに1949）、《マルーシャ》（1952）、《装甲兵員輸送車の運転手A.バシュコフの肖像》（1958）、《通信兵N.ソコロフ》（1959）、《ヴァーリャ》（1966）、《女性の肖像》（1968）、《先駆者ニーナ》（1969）、《赤い服の少女》（1970）などがあり、静物画では《ハムのある静物》（1940）、《花と洋ナシ》（1960）、《窓辺の花束》（1964）などが挙げられます。彼の作品は、トレチャコフ美術館をはじめ、ケメロヴォ、ヴォロネジ、クラスノダール、オデッサなどの美術館や、海外の個人コレクションにも収蔵されています。

ツェントリン Цейтлин Г.И.「はじらい」油彩 40号 大作 '55年作 月光荘取扱
「はじらい」（1955年）は、ウクライナ出身の画家グリゴリー・イスラエリエヴィチ・ツェイトリンによる油彩作品です。40号という大作に描かれたのは、静かに佇む裸婦の姿。椅子に腰かけ、足元に目を落としながら両腕でそっと身体を包む仕草からは、まさにタイトルが示す「はじらい」という繊細な感情が滲み出ています。1955年という制作年は、ツェイトリンが戦後の不安定な時代を越え、人間らしい感情や穏やかな日常へのまなざしを深めていた頃にあたります。この時期の彼の作品には、戦争の記憶と、平和な時間の尊さとが交錯するような、静かな情感が宿っています。

本作もその例外ではなく、淡くやわらかな色彩によって描かれた背景や肌の表現は、モデルの内面に寄り添うような温かさを湛えています。床に広がるピンクの布や置かれた黒い靴は、日常の一場面でありながらも、詩情と密やかな緊張感をもたらしています。「はじらい」は、ツェイトリンの人物描写の確かさと、静謐な美へのまなざしが凝縮された名作です。見る者は、モデルの内に秘めた感情や、触れることのできない時間の流れに、そっと心を重ねることでしょう。