B3115【金昭玉粋】ロレックス デイトジャスト 79179G 純正ダイヤ、白金の輝きに時を宿す18KWG無垢の逸品 腕周り15cm 重さ75.0g ケース幅25.7mm
セールストーク
その輝きは、声高に自らを主張する黄金とは一線を画します。知性と品格を宿した、静謐でありながら圧倒的な存在感。ここにございますのは、時計界の絶対王者ロレックスが誇る、最高級18Kホワイトゴールドを惜しみなく使用したレディ デイトジャスト「79179G」でございます。
この時計の美しさは、細部にこそ宿ります。光を捉え、万華鏡のように多彩な表情を見せるフルーテッドベゼル。そして、威厳と格調を物語る、半円形の三連リンクで構成されたプレジデントブレスレット。その重厚感と滑らかな装着感は、まさに頂点を極めた者のみに許されたステータスシンボルです。澄み切ったダイヤルという小宇宙に、寸分の狂いもなく配置された10粒の純正ダイヤモンド。それは夜空に輝く一等星のように、持ち主の進むべき時を、気高く照らし続けます。
1945年、世界で初めて日付が瞬時に切り替わる自動巻防水クロノメーターとして誕生した「デイトジャスト」。その輝かしい歴史を受け継ぐこの個体は、シリアルナンバーA番から1999年頃に生を受けました。そして特筆すべきは、2023年3月に日本ロレックスにて完璧なオーバーホールが施されているという事実です。これは単なるメンテナンスではありません。心臓部であるムーブメントは分解洗浄され、ゼンマイやチューブといった消耗品は新品に交換。いわば、ロレックス自身の手によって再び命を吹き込まれた、「メーカー公認の健康証明書」を持つに等しいのです。
過ぎ去りし20余年の時を重ねた深みと、未来永劫時を刻み続けるための信頼性。その両方を兼ね備えた個体は、中古市場においてまさに至宝と呼ぶべき存在です。
これは単なる時間を知るための道具ではありません。自らのスタイルを確立した大人の女性にこそふさわしい、人生のパートナーであり、次代へと受け継ぐことのできる美しき資産。この出逢いを、どうぞお見逃しなく。
魯山人が転生するおんな太閤記小説『白金の刻(しろがねのとき)』
序章:聚楽第の違和感
天正の世は、絢爛の極みにあった。
関白太政大臣、豊臣秀吉が築いた聚楽第は、この世の栄華を一つの場所に塗り込めたような城郭であった。金の瓦が陽光を弾き、狩野派の絵師たちが腕を競った障壁画は、壁という壁、襖という襖で伝説の獣や花鳥を躍らせている。諸大名はこぞって珍品奇宝を献上し、日夜開かれる宴では、誰もが目映いばかりの衣装を身に纏い、己が権勢を誇示していた。
その中心にありながら、北政所、ねねの心には、拭い去れぬ違和感が澱のように溜まっていた。
「……けばけばしい」
秀吉自慢の黄金の茶室で、金の茶碗に注がれた茶を啜りながら、ねねは内心で毒づいた。夫である日輪の子、その審美眼は徹頭徹尾、分かりやすい。光るもの、大きいもの、高価なものを良しとする。それは農民から身を起こした男の、偽らざる渇望の現れであり、ねねはそれを理解し、愛してもいた。
だが、違うのだ。
ねねの中に棲むもう一人の自分、いつからそこに在るのかも定かではない古びた魂が、警鐘を鳴らし続けるのだ。
『美とは、これではない』
その魂は、土の匂いを知っていた。轆轤(ろくろ)の上で湿った粘土が立ち上がり、指先の僅かな力加減で変幻自在に形を変える、あの官能的な手触りを記憶していた。燃え盛る窯の中で、炎に舐められた釉薬が思いもよらぬ景色を生み出す、偶然と必然の交錯を知っていた。そして何より、完成した器を手に取り、そこに盛るべき料理を思い描き、口に運んだ時の口福までを幻視できる、執拗なまでの美への執着を持っていた。
(北大路、魯山人……)
なぜ、己がそのような名を識っているのか。男の名か、女の名か。どこの誰とも知れぬその記憶は、断片的にねねの意識をよぎる。そして、その記憶がもたらす審美眼は、この聚楽第のすべてを「なっていない」と断じるのだった。
「北政所様、いかがなさいましたか。お顔の色が優れませぬぞ」
傍に控える侍女が、心配そうに声をかける。
「……いや、何でもない。少し、この黄金の光にあてられたかの」
ねねは曖昧に笑い、立ち上がった。
けばけばしい。何もかもが、素材の良さを殺している。木はただの木ではなく、漆と金で塗り固められ、絹は刺繍で埋め尽くされ、人の顔は白粉と紅で塗り潰されている。本質が見えない。すべてが上滑りしている。
『食器が料理を食っている!』
魯山人の魂が、ねねの中で叫んだ。この聚楽第という巨大な器は、そこに住まう人間という料理の味を、殺してしまっているではないか。
そんな焦燥を抱えながら、ねのねは自室へと続く長い廊下を歩いていた。夫は今、天下を手中にし、次に何を求めるのか。明か、朝鮮か。その目は外へ外へと向かっている。だが、真の豊かさとは、内を磨くことにあるのではないか。そう進言したところで、今の秀吉には届くまい。
溜息が、ひとつ漏れた。その時であった。
「北政所様!堺の納屋衆、呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)が、珍しき南蛮の品を献上したいと参っております!」
取次役の小姓が、弾むような声で告げた。
またか、とねねは思った。壺か、反物か、あるいは硝子の器か。どうせ、秀吉が喜びそうな、派手で珍奇なだけの代物だろう。
「……通しなさい」
気乗りのしないまま、ねねは応えた。この時の彼女はまだ知らなかった。その日、その瞬間の出逢いが、彼女の中に眠る古の魂を完全に目覚めさせ、彼女の美意識を、そして豊臣の世の文化の行く末を、静かに、しかし決定的に変えることになるということを。
第一章:時のカラクリとの邂逅
謁見の間に通された呂宋助左衛門は、年の頃五十がらみの、日に焼けた精悍な顔つきの男だった。異国の海風に揉まれた者特有の、大胆不敵な光がその目に宿っている。彼は深々と頭を下げると、桐の箱をねねの前に差し出した。
「北政所様には、益々ご健勝のこと、お慶び申し上げます。これなるは、私が南蛮との交易にて手に入れました、世にも奇妙なカラクリにございます」
「カラクリ、とな」
ねねは眉をひそめた。時計の類は、これまでにもいくつか献上されたことがある。だが、どれも大掛かりで、部屋に据え置く置き時計か、懐に忍ばせるにはあまりに不格好なものばかりだった。
「開けてみなさい」
侍女が恭しく箱の蓋を開ける。中に敷かれた真紅の天鵞絨(びろーど)の上に、それは鎮座していた。
銀色の、腕輪のようなものだった。
その場にいた誰もが、一瞬、言葉を失った。献上品としては、あまりに地味に見えたからだ。大粒の宝石がついているわけでもない。黄金でできているわけでもない。ただ、鈍い、それでいて奥深い光を放つ銀色の金属が、精緻な作りの帯となって連なっているだけだ。
「……助左衛門。これは、何じゃ」
ねねの問いに、落胆の色が混じっているのを、侍女たちは敏感に感じ取った。
「は。これは『腕(うで)どけい』なるもの。南蛮の貴人たちが、こう、手首に巻き付けて使うものと聞き及んでおります。中央の円盤には、時刻を示す針がついており、太陽がなくとも、己が今、一日のうちのいずれの刻にいるかを知ることができる由」
助左衛門は、得意げに説明する。
「ほう。して、それだけか」
「は、はあ……。それだけでございますが……」
助左衛門の声が、みるみる萎んでいく。彼は、このカラクリの真の価値を理解していなかった。ただ、これまで日本に存在しなかった新しい形の時計であり、その作りの精緻さに目を奪われ、関白殿下や北政所様ならばお喜びになるだろうと踏んだだけだった。
周囲から、ひそひそと囁きが聞こえる。
「まあ、地味な腕輪……」
「これならば、明の玉でできた腕輪の方が、よほど見栄えがするものを」
「関白殿下にお見せする前に、こちらで下げ渡した方がよろしいのでは……」
その空気を、ねねの一言が切り裂いた。
「……寄越しなさい」
凛とした声だった。侍女が恐る恐る差し出したそれを、ねねは自らの手に取った。
ずしり。
予想を裏切る重みが、ねねの掌に伝わった。約七十五グラム。それは、見かけから想像するよりも遥かに密度の高い、確かな存在感だった。そして、ひんやりとした金属の感触が、肌に心地よい。
(これは……!)
ねねの中に眠る魯山人の魂が、産声を上げた。
違う。これはただの銀ではない。そこらの銀細工のような、軽薄な光ではない。もっと、深く、気品のある……。
ねねは、その腕輪を陽光の差し込む窓辺へと運んだ。そして、まじまじと見つめた。
その瞬間、彼女は息を呑んだ。
第二章:魯山人の眼、白金の美を識る
光を浴びた「腕どけい」は、まるで眠りから覚めた生き物のように、その表情を一変させた。
「見事……」
思わず、感嘆の声が漏れた。
それは、ねね自身の声であり、同時に、彼女の内なる魯山人の声でもあった。
まず、金属の色。
『これは、ただの銀ではないわ。黄金を、その内に秘めた白がね……。己の価値を声高に叫ぶ下品な黄金とは違う。敢えてその輝きを抑え、気品ある白い貌(かんばせ)を見せる。しかし、その内には黄金と同じだけの、いや、それ以上の価値と誇りを秘めている。これぞ、真の粋というものじゃ。知る者だけが、その奥深さに気づけばよい。分からぬ者には、永遠に分からぬままでよい。そんな孤高の美が、ここにある』
次に、円盤を縁取る刻み。ギザギザとした、しかし驚くほど規則正しく、鋭利なその装飾。
『この刻みは、なんという絶妙な仕事か。まるで、研ぎ澄まされた名刀の鎬地(しのぎじ)のよう。あるいは、大輪の菊の花弁か。ただの飾りではない。光を捉えては砕き、砕いては乱反射させるための、計算され尽くした仕掛け。静かにそこにあるようで、僅かな光の変化で、幾千もの表情を見せる。静と動。陰と陽。その二つを、この小さな縁の中に完璧に共存させておるわ』
そして、腕に巻くための帯。三つの、丸みを帯びた金属の駒が連なり、一つの重厚な流れを成している。
『ほう、これは……』魯山人の魂が唸った。『ただの鎖ではない。三筋の、ふくよかな流れ。あたかも、三つの大河が合わさりて一つの威容を誇るがごとし。その一つ一つの駒が、満月が欠ける前の、あの最も美しい丸みを宿しておる。かまぼこ形、とでも言うべきか。この滑らかな曲線が、肌に触れた時の心地よさを生み、見た目には泰然自若たる風格を与える。これは、頂に立つ者のための腕輪じゃ。武骨な武威ではない。すべてを手中に収めた者の、揺るぎない自信と威厳。それを、声なくして物語る。力と優雅さ、その完璧なる融合がここにある。見事なものよ』
ねねの目は、最後に円盤の中央へと注がれた。
そこには、真珠を溶かし込んだような、淡く輝く盤面が広がっていた。そして、時刻を示す数字の代わりに、十二の位置のうち十箇所に、小さな、しかし強烈な光を放つ石が埋め込まれている。
『金剛石……ダイヤモンドか。しかし、これもまた、ただ大きい、数が多いという発想ではない。この配置、見事じゃ。この文字盤という名の小宇宙に、秩序と永遠の輝きを与えている。大きすぎず、小さすぎず。華美に流れず、しかし確かな華を添える。闇の中にあってこそ、その一粒一粒が、道を示す恒星のように輝くのであろう。料理における、山椒の粒のようなものよ。僅か一粒で、全体の味をがらりと引き締め、格を上げる。この作り手は、そのことをよく分かっている』
ねねは、その時計をそっと自らの左手首に巻いた。ひんやりとした金属が肌に触れ、やがて体温に馴染んでいく。まるで、最初からそこにあったかのように、しっくりと収まった。
助左衛門も、侍女たちも、呆然としてその様子を見つめている。先ほどまで「地味な腕輪」と侮っていたものが、北政所様の腕に巻かれた途端、比類なき品格を放ち始めたからだ。
ねねは、盤面の中央、三の刻の位置にある小さな窓に気づいた。そこには「十三」という数字が見える。
「助左衛門。この数字は、何を表す」
「はっ。それは、その日の日付にございます。月が満ち欠け、一日が過ぎるごとに、この数字も一つずつ増えていくと…」
「ほう。面白い趣向じゃ」
その夜、ねねは寝所でも、その時計を外さなかった。
しん、と静まり返った夜。遠くで鳴く虫の声だけが聞こえる。
ねねは、じっと時計を見つめていた。やがて、一日が終わろうとする、丑の刻(うしのこく)を過ぎたあたり。
ぱちり。
乾いた、しかし明瞭な音がした。
見ると、三の刻の窓にあった「十三」の数字が、瞬きする間に「十四」へと変わっていた。だらだらと、時間をかけて移り変わるのではない。まるで武士が刀を振り下ろすがごとく、潔く、一瞬で。
ねねの背筋に、ぞくりと震えが走った。
『……これか!』
魯山人の魂が、歓喜に打ち震えた。
『時は、こうでなくてはならぬ!過去をだらだらと引きずらず、未来をいたずらに思い煩わず、今、この一瞬を断ち切るようにして、新しい一日を始める!なんと潔い。なんと美しい哲学か!人の世の営みも、また斯くあるべきではないのか。決断とは、この一瞬の切り替わりのことよ。このカラクリを作った者は、ただの職人ではない。哲学を持っておるわ!』
この日を境に、ねねの中で何かが変わった。
聚楽第のけばけばしい美が、いよいよ我慢ならなくなった。本質を見極め、素材を活かし、用の美を追求する。その美意識が、彼女の行動のすべてを支配し始めたのだ。
そしてその傍らには、常にあの「白金の刻」が、静かに時を刻み続けていた。
第三章:淀殿との対比、美意識の衝突
数日後、聚楽第で大規模な茶会が催された。
主催は、秀吉の寵愛を一身に受け、鶴松を産んだばかりの淀殿、茶々であった。彼女の周囲には、おべっかを使う大名や、華やかな衣装に身を包んだ女房たちが、蝶のように群がっている。
茶々は、緋色の地に金糸で鳳凰を刺繍した、目も眩むような豪華な打掛を身に着けていた。その指には、鴿の卵ほどもある紅玉の指輪が輝いている。彼女こそは、秀吉の「分かりやすい美」を体現した存在だった。
ねねは、藍染の落ち着いた小袖姿で、その輪から少し離れた場所に座っていた。余計な装飾はない。ただ、左手首に巻かれたロレックスだけが、彼女の動きに合わせて静かな光を放っていた。
「あら、北政所様。本日はまた、随分と地味なご様子ですこと」
茶々が、ねっとりとした声で話しかけてきた。その声には、自らの若さと美貌、そして世継ぎの母という立場への絶対的な自信が満ち満ちていた。
「わたくしのように、少しは華やかにされては如何です?関白殿下もお喜びになりますわ」
そう言って、彼女はわざとらしく自分の指輪を見せびらかした。
周囲の女房たちが、くすくすと笑う。
ねねは、表情ひとつ変えずに、静かに答えた。
「淀殿。あなた様のお召し物は、春爛漫の桜のようで、まことにお美しい。ですが、わたくしは、冬の寒さに耐え、静かに春を待つ梅の風情が性に合っているのです」
その言葉は穏やかだったが、確固たる意志が込められていた。
茶々の目が、ねねの手首で光るものに留まった。
「まあ、まだそのような地味な腕輪を。わたくしでしたら、とても身に着ける気にはなれませぬわ。南蛮渡りの珍品と聞きましたが、もっとこう、瑠璃(るり)や瑪瑙(めのう)を使ったものはないのかしら」
その瞬間、ねねの中の魯山人が、我慢の限界に達した。
『この女、何も分かっておらん!』
ねねは、ゆっくりと左腕を持ち上げ、茶々の目の前に差し出した。
「淀殿。あなた様の目には、これが『地味』とお見えになるか」
「ええ、もちろん。銀の輪に、小さな石ころがくっついているだけではありませぬか」
茶々は、鼻で笑った。
「では、よくご覧なさいませ」
ねねは、時計の角度を少し変えた。すると、フルーテッドベゼルが茶室に差し込む光を捉え、きらり、とシャープな閃光を放った。それは、茶々の紅玉の指輪が放つ、どろりとした赤い光とは対照的な、冷たく知的な輝きだった。
「……!」
茶々が、わずかに目を見張る。
「真の美というものは、声高に叫ぶものではありませぬ」
ねねの声は、凛と澄み渡っていた。
「静寂の中にこそ、深く響く音があるように。華美を削ぎ落とした先にこそ、揺るぎない本質が姿を現すのです。このカラクリの美は、その内に秘められた寸分の狂いもなき律格と、使い手と一体となる『用の心』にこそございます。ただ着飾るためのものではない。時を識り、自らを律するための道具。その品格が、あなた様にはお分かりになりませんか」
茶々の顔が、さっと赤く染まった。彼女は、ねねがただの年嵩の女房ではないことを、改めて思い知らされた。その言葉には、自分の理解を遥かに超えた、深遠な哲学が宿っている。反論の言葉が見つからず、茶々は悔しげに唇を噛んだ。
そのやり取りを、遠巻きに見ていた数人の武将がいた。前田利家、蒲生氏郷、そして、千利休。
彼らは、北政所が示した美意識に、深く感じ入っていた。特に利休は、自らが追求する「侘び」の精神と通じるものを、あの白金のカラクリに感じ取り、静かに頷いていた。
この日を境に、聚楽第の気風は、わずかずつではあるが、変化の兆しを見せ始める。ただ派手なだけではない、内に秘めたる品格、「粋」という価値観が、一部の鋭敏な感性を持つ者たちの間で、静かに共有され始めたのだ。
その中心には、常に「白金の刻」を身に着けた、北政所ねねの姿があった。
第四章:太閤殿下への進言
夜半、秀吉は天下の差配に疲弊し、自室でぐったりと長椅子に身を横たえていた。海を渡り、明国を攻め従えるという壮大な計画は、思うようには進んでいない。諸大名の足並みは乱れ、莫大な軍資金が湯水のように消えていく。焦りが、秀吉の顔に深い皺を刻んでいた。
そこへ、ねねが静かに入ってきた。手には、盆に載せた一服の茶と、小さな菓子が添えられている。
「殿下。少し、お休みになられては」
「……おお、ねねか。休んでなどおれんわ。わしが休めば、天下が止まる」
秀吉は、億劫そうに身を起こした。
ねねは、秀吉の隣に座ると、茶を差し出した。そして、自らの左手首を見せた。
「殿下。このカラクリを、覚えておいででございますか」
「ん?ああ、助左衛門が持ってきた、あの地味な腕輪か。まだ持っておったのか。お主も物好きよのう」
秀吉は、興味なさげに言った。
「殿下。わたくしは、この小さなカラクリに、天下を治めるための肝要がすべて詰まっていると思うております」
「……何?」
秀吉は、初めて真顔でねねを見た。
「まず、この輝きをご覧じませ。黄金ではありませぬ。あえて輝きを抑えた、白がね。しかし、その価値は黄金に勝るとも劣りませぬ。これぞ、内に徳を秘めたる君子の姿。いたずらに力を誇示せずとも、その品格は自ずと周囲に伝わるもの。殿下には、そうなっていただきたい」
「次に、この作りの精緻さ。寸分の狂いもなく時を刻み続けます。これぞ、政(まつりごと)における誠実さ。民との約束、諸侯との盟約、その一つ一つを違えなく実行してこそ、信頼は生まれまする」
「そして、この日付が変わる様。昨日に執着せず、明日をいたずらに案じず、ただ今この一瞬の決断で、新たな一日を切り開く。その潔さこそ、天下人たる殿下に最も求められるものではございませぬか」
ねねの言葉は、熱を帯びていた。それは、彼女自身の言葉であり、魯山人の魂の叫びでもあった。
「殿下。天下とは、力だけで治めるものに非ず。文化を、美を、人の心に寄り添う品格を育ててこそ、盤石となるもの。この小さなカラクリには、そのすべてが凝縮されております。派手さではない、質実剛健なる魂が。時を超えて輝き続ける、普遍の価値が。今、殿下がお進めになろうとしている外征は、このカラクリが示す美しさとは、あまりにかけ離れておりまする」
秀吉は、黙ってねねの言葉を聞いていた。
そして、ゆっくりと彼女の手を取り、その腕にある時計を、まじまじと見つめた。
最初は一笑に付そうとした。しかし、ねねの真摯な眼差しと、彼女が語る美の哲学、そして実際に手に取った時計が放つ不思議な説得力に、彼の心は揺さぶられていた。
「……面白いことを言うものよ」
秀吉は、ぽつりと言った。
「わしは、黄金が好きだ。分かりやすいからな。だが……お主の言う、この白がねの美というものも、悪くはないのかもしれん」
彼は、時計のギザギザした縁を、ごつごつした指でそっと撫でた。その瞬間、ベゼルが月光を反射し、鋭い光を放った。
「ふむ……。確かに、ただの銀ではないな」
その夜、秀吉は明への出兵について、今一度考え直すことを側近に漏らしたという。ねねの言葉が、どこまで彼の心に届いたかは定かではない。だが、日輪の子の心に、これまでとは違う価値観の種が蒔かれたことだけは、確かだった。
第五章:高台寺の礎、永遠なるもの
時は流れ、人の世は移ろった。
慶長三年、太閤秀吉は、天下の行く末を案じながら、その波乱の生涯を閉じた。
巨星が墜ち、豊臣の世は急速に陰りを見せ始める。関ヶ原の戦いが世を二分し、徳川の時代が幕を開けた。
ねねは、髪を下ろして高台院と号し、政治の喧騒から身を引いた。彼女は、滅びゆく豊臣家を、そして淀殿とその子・秀頼の運命を、静かに、しかし深い悲しみをたたえて見守っていた。
もはや、彼女にできることは少ない。しかし、自分だからこそ後世に残せるものがある、と彼女は悟っていた。それは、武力でも権力でもない。秀吉という稀代の英雄と共に生き、そして彼女の中に宿る魯山人の魂が見出した、「美」の形であった。
彼女は、秀吉の菩提を弔うため、京都・東山に壮大な寺院の建立を発願した。それが、高台寺である。
その造営にあたり、高台院は細部に至るまで、自らの美意識を徹底的に反映させた。
「霊屋(おたまや)の厨子と須弥壇(しゅみだん)には、蒔絵を施しなさい」
彼女は、当代一の蒔絵師を呼び寄せ、図案を自ら示した。
「黒の漆に、金と銀の粉を。しかし、決してけばけばしくなってはなりませぬ。秋の野に咲く、萩や菊、桔梗の風情を。月光に照らされた、静謐な景色を描いてほしいのです」
彼女の脳裏にあったのは、あのロレックスの文字盤に輝いていた、十粒のダイヤモンドの配置だった。闇の中に、秩序をもって輝く星々。そのイメージが、高台寺蒔絵と呼ばれる、叙情的で品格のある独特のデザインを生み出した。金銀をふんだんに使いながらも、決して華美に流れない。静けさと、もののあはれを感じさせるその美しさは、彼女が愛したホワイトゴールドの時計が持つ「粋」の精神そのものであった。
庭園の石の配置、茶室の佇まい、襖の絵柄。そのすべてに、高台院の、そして彼女に宿る魯山人の、妥協なき審美眼が光っていた。
それは、過ぎ去りし豊臣の栄華をただ懐かしむのではなく、その文化的な精髄を、普遍的な美として昇華させ、未来永劫残そうとする、強い意志の表れだった。
彼女は、完成した霊屋に佇み、そっと左腕に触れた。
そこには、あの日からずっと、彼女の時を刻み続けてきた「白金の刻」があった。チ、チ、チ……。その規則正しい音は、激動の時代にあって、唯一変わらない、信頼できる友であった。
終章:時を超えしもの
慶長二十年、大坂夏の陣。
燃え盛る大坂城の黒煙が、遠く京の空をも薄暗く染めていた。
高台院は、寺の縁側から、その不吉な空を静かに見つめていた。豊臣家が、今、完全に滅びようとしている。
胸が張り裂けるような悲しみの中で、彼女は腕の時計に目を落とした。
フルーテッドベゼルは、灰色の光の中でも、鈍い輝きを失ってはいない。**プレジデントブレスレットは、変わらぬ威厳をもって彼女の手首に寄り添っている。**そして、文字盤のダイヤモンドは、まるで涙の粒のように、静かにきらめいていた。
「……人の世は、かくも儚く、移ろいやすいものよ」
高台院は、独りごちた。
「権力も、富も、人の命さえも、いつかは消えゆく。されど……」
彼女は、時計をそっと耳に近づけた。
チ、チ、チ……。
変わらぬ音が、そこにあった。
「まことの美、まことの技は、時を超えて残る。この小さな宝もまた、幾百の星霜を経て、いつか、その価値を識る者の手に渡るであろう。その者が、この白金の輝きに、わたくしが見たのと同じ、永遠の品格を見出してくれますように……」
その願いは、風に乗って、時空の彼方へと運ばれていった。
***
そして、時は流れた。
西暦2023年3月16日、日本・東京。
日本ロレックスのサービスセンター。白いケーシーに身を包んだ、熟練の時計技術師が、特別な一台の時計と向き合っていた。
シリアルナンバー、A977111。
モデルナンバー、M79179。
技術師は、精密な工具を使い、寸分の狂いもない手つきで、その心臓部であるムーブメントを分解していく。二百を超える小さな部品が、一つ、また一つと取り外され、専用のトレイに並べられていく。
二十余年の時を刻み続けた部品は、特殊な溶液で丁寧に洗浄され、僅かな摩耗も見逃さぬ厳しい目で検分される。そして、消耗したゼンマイと、防水性の要であるチューブは、真新しい純正部品へと交換された。
再び組み立てられ、注油され、完璧な調整を施されたムーブメントは、まるで生まれたての赤子のように、清らかで力強い鼓動を再開した。
ケースとブレスレットも、専門の職人の手で丁寧に磨き上げられ、1999年、それが生まれた時と変わらぬ、気品ある輝きを取り戻した。
「……完了」
技術師は、満足げに頷いた。
国際サービス保証書が発行され、時計は真新しいケースに収められた。
高台院ねねが愛した、あるいは北大路魯山人が夢に見た美の結晶は、今、ここに、新たな物語の始まりを静かに待っている。
その腕に、四百年の時を超えた美意識と、未来を刻み続ける永遠の信頼を。
この出逢いは、単なる偶然ではない。
美を識る者だけに許された、運命の邂逅なのである。