1968年、リック・デイヴィスがメンバー募集の広告を出し、それで出会ったロジャー・ホジソンらと前身バンド「ザ・ジョイント」を結成。バンドはオランダの富豪スタンレー・オーガスト・ミエセガエスの援助を受けながら、名称やメンバーの変遷を経て
1969年「
スーパートランプ」へと発展する。「スーパートランプ」という名はリックが同姓のよしみで好きだったというウィリアム・ヘンリー・デイヴィスの小説『素晴らしき放浪者の自叙伝(
The Autobiography of a Super-Tramp)』からとられたもの(後年、『The Autobiography of Supertramp (邦題はバイオグラフィー・オブ・スーパートランプ)』というベスト盤も発売されている)。
デビュー当初は大きなヒットに恵まれなかったが、ロジャーとリック以外のメンバーを一新し、プログレ色を薄めていった
1974年発表の3枚目の
アルバム『クライム・オブ・センチュリー』がヒットし、人気アーティストの仲間入りを果たす。その後も『危機への招待』(
1975年)、『蒼い序曲』(
1977年)など、立て続けにヒットを飛ばし、着実にスターダムの階段を上がっていく。
1976年には唯一の日本公演を5月に行っている。ロジャーの繊細なハイトーンを生かした幻想的な楽曲と、リックの力強い低めの声を生かした比較的ブルージーな楽曲(それぞれの曲も基本的にリードを取る側が作っている)の対比がバンドの音楽性に幅を持たせていた。
1970年にデビュー・アルバム『スーパートランプ・ファースト』を発表。
そして、
1979年発表のアルバム『
ブレックファスト・イン・アメリカ』が、ついに全米
ビルボード・チャート第1位を獲得。ポップな
メロディとユニークなジャケットの効果もあって、
アメリカだけで400万枚(全世界で1800万枚)を売り上げるなど、バンドにとって最大のヒットとなった。本作からはシングルでも「The Logical Song」(全米6位)や「Take The Long Way Home」(全米10位)などのヒット曲を生み出した。
1982年の『フェイマス・ラスト・ワーズ』発表後、中心メンバーの一人ロジャー・ホジソンが脱退、ソロに転向。バンドはもう一人の主要メンバーであるリック・デイヴィスを中心に活動を続けるが、セールス的には下降線をたどっていく。ついに
1988年のツアー終了後、ダギー・トムソンの脱退表明を機に、バンドは崩壊した。
1996年、リックの呼びかけで再結成が図られ、翌年『永遠への贈り物(原題:Some Things Never Change)』を発表する。しかし、原題通り何も変わっていなかった彼らはベスト盤・ライブ盤の発売は行うものの、アルバム制作もままならない状態だった。
2002年、5年ぶりの新作アルバム『
Slow Motion (日本未発売)』をリリースするも振るわず、バンドは再び休止する。
活動休止中であるにも関わらず、
2005年に発表された
ベスト・アルバム『Retrospectacle The Supertramp Anthology』は、全英チャート・トップ10にランクインするというヒットを記録した。
2010年、再々結成がアナウンスされ、ワールド・ツアーを開始する。
彼らの音楽から影響を受けたというフォロワーは多く、2007年には
ジム・クラス・ヒーローズ(
Gym Class Heroes)が、「Breakfast In America」をカヴァーした楽曲「Cupid's Chokehold」を発表し、Radio&Records社のラジオ・オンエアチャートの1位になったことでも話題になった。
また
2012年には、元
イエスの
ビリー・シャーウッドが多くのプログレッシブ・ロック系有名ミュージシャンを集めて起ち上げたプロジェクト「Prog Collective」によるトリビュート・アルバムも発表された。