
インドネシア・20世紀初期のスマトラ島沖ニアス島の大型祖先像
世界で6番目、インドネシア国内では2番目に大きなスマトラ島。その西部沖合い約125km、インド洋海上に浮かぶ人口およそ62万の島、それがニアス民族が暮らすニアス(Nias)島。ガレオン船の船尾に似た家屋を有し、かつて巨石文化を謳歌したニアス民族は、最近の言語調査によれば、マレー語よりもポリネシア地域の言葉に近いと報告されています。キリスト教が入り込んだとは言え、いまだに祖霊信仰が根強く残っています。
写真は、地元でシラハ・サラワ(Siraha Salawa)もしくはアドゥ・ザトゥア(Adu Zatua)と呼ばれる典型的な祖先像です。家族の血統を示す証として彫られ、祭壇に祀られます。しかし時として、生前に罪を償うためにも製作されたと言われています。その昔、オランダ植民地下で奴隷輸出が盛んだった時代、村の支配者たちが贖罪の意味でアドゥ作りを行ったそうです。ニアス島の祖霊像は、一方で“ファルス(豊饒神のシンボル。特に陰茎)”としての機能も有していたと言われ、多産と豊饒の信仰対象でもありました。
これは、地位の高い人物の祖先像で、高いヘッドドレスを着けています。そして両手で祭器を抱えています。ニアス彫像の特色の一つである、右耳に着けた片方だけのイアリングも長いもので、大酋長クラスの人物像であることが想像されます。サイズは、高さが79.5cm。台座の最大直径がおよそ14.5cm、人物部の最大横幅は約13.5cm、同様に最大奥行きもおよそ13.5cm。冠部分の高さは19.5cmもあります。重さは約3.8kg。これほどの大きな古い祖先像は、現在ではほとんど入手不可能です。製作は1900年代初期と推定されます。
この彫像のプロビナンスは、Dr. Maurius van den Houtです。インドネシアがオランダ植民地であった時代、オランダ領東インド(今日のインドネシア)政府の高級公務員であったDr. Mauriusは、趣味でインドネシア各地から最高レベルのアート作品を収集しました。しかし、日本軍がインドネシアへ侵攻する直前、氏はバリ人の妻と共に、コレクションの一部を手にオーストラリアへ避難しました。そして今日、氏の膨大なコレクションが、子孫の意向で二年ほど前より売却され始めました。
(注)冠の上部に写真でもお分かりのように一部欠けた個所があります。また、その欠けた側の格子部分が折れ、それを修復した跡があります。予めご了承お願いします。送料は当方で負担いたします。
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